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おたく(オタク)総合スレ

1 : たけくま ★    2008/01/27(日) 10:34:38   ID:??? 
おたく(オタク)に関するエントリ専用のスレッドを立てました。
今後これに関するエントリのコメントはこちらになります。エントリに直接関係なくても、オタクに関する書き込みなら受け付けます。


201 : 名無しさん    2008/02/02(土) 13:22:21   ID:rAaoHhO2 
確かに「ゲームの話ができるかどうか」で世代が分かれている気がする

202 : 長谷邦夫    2008/02/02(土) 17:35:31   ID:ESmejebA 
「COM」!懐かしいですね。
ぼくは、多分、記事ページの企画で<アシスタント座談会>
みたいな企画で、高田馬場の会場へ行き、永井豪チャンらと
話した記憶がうっすらとあります。

巻末の投稿ページの選考も短期やらされていたはずです。
つのだ先生の後かなあ〜これもはっきり記憶出来ていませんね。

そして<盗作マンガシリーズ>の『バカ式』連載へと
つながっていきます。
『フロイト』なんていうへんな幻想作品も描いたんですが…。
有名マンガのパロディが大変珍しいってことで「週刊文春」が
数ページの記事にしたんで、『フロイト』には、その記事を
一部貼った原稿を描いたような思い出がありますよ。

オタクって言葉も無い時代というか、意識に無かった頃だと
いうことでしょうか…。


203 : たけくま ★    2008/02/02(土) 18:47:47   ID:??? 
>長谷先生

はい、ありましたね。永井豪さんは当時石森プロの
アシスタントということで出席してましたね。


204 : 名無しさん    2008/02/03(日) 00:30:43   ID:oGlUgbqI 
うーん、言及するには圧倒的に知識が不足しているのですが、たけくま先生の論にはおたくと”日本SF”の関係の考察が欠落しているのではないですかね?
(これから書く予定があるのでしたらすみません)
内容がどこまで適切なのかは知りませんが、ウィキペディアの日本SF大会の項目には”コミックマーケットなどの源流”との記述もありますし、年代的にも色々と遡りそうな気がしますが…。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%ACSF%E5%A4%A7%E4%BC%9A
まあ”70年代サブカル”に”60年代サブカル”の内容が加わるだけかもしれませんが。


205 : メルヘンひじきごはん    2008/02/03(日) 00:37:10   ID:kgT/dRA2 
アニメック22号でしたか、中村さんの青い宇宙船の表紙のを
買ったのが処女メックだったのすけども

それに米澤さんのイムホフカーシャ精神分析が載ってました。
衝撃受けましたね、「こういうことやっていいんだ、やってる
方が居る!」。「アニメにマジになってる!」。ふざけることと
まじめなことの境界のあいまいさというものを痛烈に感じた
小学六年生。たぶん21号である。


206 : メル    2008/02/03(日) 00:39:30   ID:kgT/dRA2 
19号のよーなきもして北田

ちなみにおとついあたりこのネタを書き込もうとしたら
「これはぁスパムくせえだなぁ」と自動的に判断してくれた
模様です。米澤先生も草葉の陰で莞爾と微笑まれてることでせう。


207 : メルヘンひじきごはん    2008/02/03(日) 00:51:24   ID:kgT/dRA2 
ちなみにメルとはオレコが飼ってたスピッツの雑種の名前でした。

俺が飼ってたのはコロで、鎖を外すと狂ったように走り出す特性を
有しておりました。俺がある日偶然つかまえた鳥のひなを、ぐうたらな
日々からまったく予測できなかった俊敏さで奪い去り目の前でかみ殺したのも
彼です。8歳くらいで血を吐いて死にました。火事にあった家の庭に
埋めました。今ネカフェですが、帰れば考えてみるとすぐそばに
おるのですね。俺はあちこち巡ったわけですけども。


208 : ほわーぽ    2008/02/03(日) 01:08:13   ID:CxFGekc6 
しかしみんなオタクの起源だの、オタクのエリートだのなんだのと言いますが。


誰一人として文系の牙城と見なされていたオタクたちの主成分が、
いつのまにか文系から理系に変わったことを指摘しない人たちがいないのはなぜなんでしょ?

いまのネットでほえるオタクたちはほとんどの場合理系ですぜ。

たけくまさん初め、オタクをまじめに考える人たちは、いったいいつの時点で
オタクをしめる人たちの中でももっとも目立つ層が、文系から理系にかわったのか
その考察をしていほしいよ


今のほえるオタクの中で文系って中々いないでしょ。エロゲが出始め、
萌えの基礎ができはじめたあたりから、文系がどんどんいなくなって
オタクは理系ばかりになった気がす。


209 : 名無しさん    2008/02/03(日) 01:29:23   ID:kgT/dRA2 
考察?どうして考察したがるんすかね。

超弦絶対

で済む話に考察は不要である。


210 : 名無しさん    2008/02/03(日) 01:36:51   ID:kgT/dRA2 
ちなみに東京大学某研究室の「情報テレポーテーション」の
報道がヨタでないならば

タキオンの存在が否定できず(既知粒子だが超光速という意味で

「超光速航行」の可能性はかなりの確度で残存艦隊中である。
電送「的」にする場合、肉体構成情報をコンパクトに綴ら織って
送信せなならんすな。自然が数十年かかってすることを瞬間に
おこなわなならんのですから。トレックみたいに瞬時には
無理そうですが、ある程度の時間をもらえればできなくは
ないかもしれないす。


211 : 名無しさん    2008/02/03(日) 01:38:45   ID:kgT/dRA2 
肉体再構成に必要な時間、の意味である。

212 : 名無しさん    2008/02/03(日) 01:41:31   ID:kgT/dRA2 
あと、ここで量子物理否定論議をするつもりはないです。
あいつらの粘着力はクリムゾンエクゼキューターですんで。OZI~
のやつは詳しいでしょう、あいつらについて。

いやほんと、援助交際してるバカ理系がそろって自殺遺伝子
発動したら相当歴史負荷が軽くなるんですけど、そうも
いきませんやな。


213 : メルヘンひじきごはん    2008/02/03(日) 02:43:04   ID:kgT/dRA2 


某研究室の情報送信レーザー光が青色だったことは、俺の構築
理論と合致しております。


214 : 名無しさん    2008/02/03(日) 06:19:50   ID:/EONimLA 
正味の話、文系は自分がオタクかどうかなど気にしないのですよ

215 : どけん!    2008/02/03(日) 06:52:19   ID:NaBXYaxo 
「マニアの部屋」だな〜やっぱw 昔のヒドイ時なんて持ってる
マンガや小説全てにビニールのBOOKカバーつけてたしな〜w
しかもガラスつきの本棚入れて・・(今はむきだし平気)w

モノに対する偏愛ぶりも家族の反応で否応無く一般との距離を
感じたな、これもオタク定義の重要な一要素に違いないw


216 : 1979年生まれです    2008/02/03(日) 22:25:04   ID:WQeanj36 
なにか名辞性の問題のような気がしてきますね。
「AはBである」というとき、対応するそれらは殆ど体験によって実を得ますから、
例えばソレが帰属に掛かるときは、
さながら、自分の恋人の美しさを恋人の規格(価値性)として啓蒙したくなるアノ欲に似たものが湧き上がって、
オタクを通して翻訳された芸術表現はオタクの感性のアリバイになってしまう。
その(ジャンルが被ったときの)鬱陶しさが、グループの断絶に拍車をかける。
そしてジャンル大域を支える客層は分断されて、疲れて、卒業する。
そういう通過儀礼と思えばなんということはないですが、
その対象に半身を預けていた人たちは目も当てられなくなるでしょう?
ところが、正にそれぞれの世代の経験が根拠となる半身だから、妥協が出来ない。
そんな地獄があったりして。以上、放言終わり。


217 : ほいぽ    2008/02/03(日) 23:23:38   ID:CxFGekc6 
オタクはいつから差別されていたか。

個人的にはいつからオタクは差別されていたかよりこれから来るであろうオタクへのバックラッシュの方がよほど気がかりだったりするんですけどね。
まじめな話し、今のような差別も非難もされず、変態世界を含めたオタク文化を享受出来る今の風土は明らかにおかしいと思うし、
それらを支えているオタクの購買力や、各種Blogや某掲示板がもたらすネット世界内の政治的圧力の衰退で
オタクを風圧から守っていたものがいずれにしても消え去る可能性は高い、と見て間違いなかろうし。

てかオタクの問題をかたるならたけくまさん。岡田さんのオタクイズデッド発言を含む彼らSF系オタクの失墜も併せて考えないといかん気がするですよ。


218 : オイラ    2008/02/04(月) 00:32:51   ID:oqu1wM9o 
ガンダムにジムって出てくるじゃないですか。
あの弱い奴。
すぐやられちゃうんだよね!!
あたまクラクラしちゃったりしてね。前回とおなじ訳にはいかなそう。

なんとかせにゃり〜た


219 : オイラ    2008/02/04(月) 00:39:03   ID:oqu1wM9o 
105か・・・・

220 : りんた    2008/02/04(月) 01:28:47   ID:PgCxVwwg 
団塊ジュニアオタクな自分にとって
ガンプラブーム以前のオタク(マニア)事情を
知ることが出来る記事は大変面白いです。 > たけくまさん


221 : nonbug    2008/02/04(月) 01:36:02   ID:VZ/0aB0Y 
オタク文系→理系の指摘はちょっと面白いなあと思います。
1990年代の中ごろだと
「店で大学生をみかけたら
 女の話をしてるやつは文系
 アニメの話をしてるやつは理系」
というようなことがまことしやかに語られましたよ。

実際そのころの理系大学って、
コミケが近くなると半数ぐらいが講義中にカタログ片手に
サークルチェックをしてるという感じでしたから。
(いまだとサークルチェックはネットの方がいいですけど)

しかしその20〜30年前の第一世代〜二世代までの人って文系が多いですよね。
所謂、いしかわじゅんあたりのマン研が濃かった頃って。


222 : んー    2008/02/04(月) 05:16:55   ID:hDnIeViA 
おたくについてなんか集めてると聞いたので書いたけど、
おたくってのがその前の世代のサブカルチャー者と同列に見えてる時点で
なーんかとらえ方が根本的にズレてる気がするなぁ。

たけくま的に”おたく”っていうのが「おたく」の中の派閥としての
「アクティブなおたく」のことだけを指してるなら、まあそれでいいんだろうけど、
普通に「おたく」というくくりで捉えた時には
『あることが好きで好きで、知りたくて知りたくて「なんと言われても」(ここ重要)辞められなかった人』
ってのが"おたく"だから。
こっちの方が定義的には「本質」で、その好きを通すための立ちはだかる
他人の偏見や障害もろもろを「差別」として本人は捉えてるってことで。

正直な話ね、サブカルにとっては「知はステイタス」みたいな臭い動機や条件づけが必要で、
その方向から”理論”を組み立てようとしてしまうものなのかもしれないけれど、
おたく。はそういうのと似てるけどまったく異なる動機で発生していて。
”たいへん好きである”それ以外の動機を必要としないのよ。
また、それだけだから世界が滅ぼうと他のおたくがまったくいなくても「おたく」たりえる。
いうなればディレッタントだから。

おたく。にとって画期的だったのはそうやって洞窟探検家の如く深く深く潜っていった先に
「なんと他の人がいた!」っていうところで。そういう深いところで出会った個人が
互いを「おたく」と呼んだ。というはじまりと、

ずっとサブカルって人がいてね、知の蓄積が〜 潮流が〜 みたいなのはまったく違う話で。

たとえば今日、いま、この瞬間にもあたらしいなにか、あたらしい「知りうる情報」に対して
それが面白くってしかたがない子が生まれていて。
人々はそれをどういう形にしろマイナーなら「おたく」と呼ぶわけで。

そういう「まんが」や「あにめ」や「さぶかる」とかそんなのにふくまれないおたくを
たけくま流だとまったく「おたく」の中に含めることができない。
もともと、ある特定の範囲、種類のおたくしか「おたく」として認識していないから。

ものすごい違和感があるんですよ。

そもそもだれかに認められたい、だれかと競いたいなんて”外”がおたくにあるわけないじゃないですか。
そういう想いでなにかを”勉強”してた。ってのはおたくの本質じゃないです。
ぜんぜん面白くも、好きでもないのにオタクみたいな知識を持つ生物は発生しうるけど、
それは臭いからしておたくじゃないってバレますって。
だって「ただひたすらそれが好き」がない時点で「おたく」じゃないんですもの。


223 : んー    2008/02/04(月) 05:46:13   ID:hDnIeViA 
ついで。

むかし、ある雑誌に「シミュレーションゲームの歴史」みたいな記事があって。

「そもそも軍隊の兵棋演習というものがあって〜
 そこからウォーシミュレーションが生まれてて〜
 大戦略があって〜
 恋愛シミュレーションというのが生まれて〜」

って超理論を平然と書いていて。
辞書とたんに通史だけをざらっとなぞった知識だけで書けば年代的にはそうなりましょうが、
恋愛シミュレーションはD&Dとかの「ものごとをなんでも数値であらわす」流れからの
派生で「名前は同じだけど似て非なるもの」の典型なわけです。

この後、たけくまメモのエントリがどうなるかはわかりませんが、
おたく差別がどーとか。ってエントリで情報を集めたあげく、第一世代が〜って
始まった時はまさに昔上の「シミュレーションの歴史」を読んだのと同じ気分がしました。
ゲームのことはよくわからないのかもしれませんが、いちおうついでに。


224 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/04(月) 08:22:40   ID:UEzIoMfc 
>>223

手塚先生は その気分をぐっとこらえられたでせうな。

俺が若年ヲタを嫌悪する理由のひとつに、「俺開祖顔」がありました。PEACE MAKER作者はそうじゃない。
無精ヒゲが、大好評を受けて薄くなる「美味しんぼ」現象を起こしだしましたがもちろんまだまだ読み続けるぞう。同時に
アレな絵柄がしゃんとしてくる士郎正宗効果中だしね。


225 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/04(月) 08:24:19   ID:UEzIoMfc 
>ガンダムにジムって出てくるじゃないですか。

生涯一番の新鮮な文章に今日出逢った。


226 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/04(月) 08:31:41   ID:UEzIoMfc 
また、おたくとサブカルの差違とは、「対女スタンス」の異なりである。

おたくは夫権 サブカルは婦権 もづろん

いづれも誤りである。


227 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/04(月) 08:33:48   ID:UEzIoMfc 
どうせ反応や心の本音は聞こえてくるから反論しとくけど居酒屋で

「やっぱ女にゃかなわねえよなあ」「うんうん」とかやっちゃうのがなんだかんだサブカル。おたくはぜっっっっっっったいに
そんなことを言わない。常態いかに卑屈にふるまってるようにみえようと、そうなんですよ。


意外ですか。


228 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/04(月) 08:43:54   ID:UEzIoMfc 
「俺らを把握しよーとすんじゃねーよ」とか

把握されちうライフスタイル選んでて何ぬかしてんのじゃボケドモガ

こちとら何パターンの人生調査研究しとるとおもっとんのじゃ


229 : オイラ    2008/02/04(月) 16:31:50   ID:vLWk1RL+ 
く、くそう、な、なんか、あいからわずイジメられてる気がする〜

230 : オイラ    2008/02/04(月) 17:14:37   ID:vLWk1RL+ 
ヽ(`Д´)ノワーーーーーーーーーーーーン!!!

231 : 名無しさん    2008/02/04(月) 19:45:45   ID:fme/Lt0U 
>>227
意外じゃないです。
「萌え」なんてモロにそれが表に出たものですね。


232 : 1026    2008/02/04(月) 21:17:00   ID:JwTaP2GM 
>223:んーさん

その感じ方には同意。

ここはたけくまさんのブログだし、たけくまさんが書くものが個人的な動機づけで書かれるのは仕方がないと思う。
でも「おたく」といったみんなの言葉になっているものが一度著名人によって定義付けされてしまうのには強く反発を感じる。
そういったものが引用されて政治的にふるまうのを何度も経験しているし。

ところで、たけくまさんの「サブカルがおたくになった」説がアリとするなら、
「サブカル」が政治的にふるまっていたのに、政治的な動機が抜け落ちた
「”たいへん好きである”それ以外の動機を必要としない」人達に交代していっておたくになったと考えるならアリかな?と思うのですがどうでしょう?


233 : Repulse    2008/02/05(火) 04:57:18   ID:02IfZ4Xc 
>222
>232
「オタク」って言葉から「政治性」を切り離すのは無理だよ。

そもそも中森明夫がこの言葉をつくり出した目的がまさに「政治」のためだったし、
それ以来オタク同士の差異化ゲームやらオタク外からのそれやらそれへの反発やら、
ずっと「政治」のために使われ続けてきたんだよ。他でもないオタク自身によって。

何よりあなた達のそういう意見自体が「政治性」の表明じゃないの。

このスレッドに並んだコメントを見ればそういう歴史的な紆余曲折は見えるはずなのに、
あっさりと“政治的な動機が抜け落ちた”なんて書いてしまうのは無自覚が過ぎるよ。


234 : んー    2008/02/05(火) 06:07:35   ID:osqCGiiA 
えーと。

議論する奴らはよく「うんぬん」って使うから、あいつらを「うんぬん」て呼ぼう!

ってだれかが言うと「政治的な意図で「うんぬん」が彼によって発明された」と
されるとは始めて知りましたな。

外で勝手にこれが「うんぬん」である!って「現象を観て後から名付けた」人を
原典としちゃうような「皮膚感覚のなさ」を”中”の人は常々嗤っているわけで。

それはどんな世界でもそうでしょ?

”おたく”と「レッテル」貼ることでおたくのすべてがわかる?

いやいや。>>222で書いた通り、「おたく」の一言である種の人々を区切り、
理解したような気になって論じよう。ってもくろみ自体がもう崩壊しているんですよ。
25年前は「仕事、生活」と「くだらないこと」では圧倒的に「くだらないこと」が不利だった。
でもこの25年、俺は結局その「くだらないこと」を辞めずに40歳を越えた。
いくつも続けてる「くだらないこと」の専門店はいまも潰れずに営業を続けているし、
なにしろ俺自身がまたいくつかの「くだらないこと」の一つを職業としている。

すべての人がなにかの「おたく」たりえて、多くの人が「おたく」で食ってる時代。

さて、このいま。 現在。

>そもそも中森昭夫がオタクという言葉を作り出した目的がまさに政治のためだったし

いま、これを言うか?
・・・なんだかね、俺の一〜二世代上の人が原典をちょっと読んだだけで
「このヲヤジの宇宙にはサービス業ってものがないことになってんぞ?」って思うような
空理空論を手本にキャンパスをわっしょいわっしょい練り歩いていたのと
おんなじ香りがするのだけども。

かつて「おたく」と呼び合っていた俺はいまここにあり、「趣味」っぽいことで食ってる。
が、いまは誰も俺を(おっさんとは思うがw)特に「おたく」とは思わない。
また、TVで「おたくが」と誰かが言おうと俺自身がレッテルの向こうを知っている人間だから
それに惑わされることもない。 さて。

「あんたはさっきからそうやっておたく、おたくというけれど、・・・おたくってなにかね?」 (文太風)


235 : 1026    2008/02/05(火) 12:08:07   ID:eL+odZZQ 
>233

「おたく」という呼び方に「政治性」がある事と
僕の意見の書き込みに「政治性」がある事は認めますが、
ここでいう「政治性」とはまるで違う話です。
まぜこぜにしないで欲しいです。
説明が足りなかったですか?

ここで使った
>「サブカル」が政治的にふるまっていた
という言葉は「大人が漫画をくだらないものを言っている事に反発して読む」とか
「商業主義から漫画表現を解放するためにコミケットを開催する」とか
「社会変革の思考実験としてSFを読む」とかといったもので、
「サブカル」と呼ばれている上の世代の人達は漫画などに接するのに政治的な動機を持っていたのではないか?という話です。

おたくが漫画などに接する主軸にそういった政治的な動機があるのですか?


236 : B.G    2008/02/05(火) 15:37:51   ID:h5SPtukM 
私は69年生まれなので70年代以前のことについてはよく知らないのですが、
80年代前半は、アニメを中心としたオタク文化と音楽や映画を中心としたいわゆる
“サブカル”とでは文化的な断絶があったことは確かだと思います。
しかしオタクとサブカル、それぞれの動機などについて差があったとは私は思いません。

当時はビデオの普及でB級映画が手に入りやすくなったり、
テクノやニューウェーブなどの変な音楽が盛んだったりして、
オタク文化以外にも勢いのある文化があったというだけなんじゃないですかね。


237 : 1026    2008/02/05(火) 20:11:53   ID:eL+odZZQ 
さらっと語られていたので忘れていましたが、
サブカルチャーから政治的なものが抜けて「おたく」と今の「サブカル」になったという話は
既にたけくまさんに分かりやすく語られていました。

http://www.voiceblog.jp/hatenahimote/127129.html

失礼しました。


238 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/06(水) 15:00:05   ID:udPpPvpo 
>>231
有為。

でじゃ

おなのこにとってそれが居心地いいみられかたということは。をんなでわなくおなのこ。


239 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/06(水) 15:02:01   ID:udPpPvpo 
残念乍ら、08年2月げんざいしょうがくこうがくねんおヘゲってるのわおなのこでなくをんなという調査しなくてもわかる。

すぱっつじーんずわ「俺だけにをんなのかおみせよ」とベッドでゆわりてすなーおにしたがうじゅうにさい。


240 : 冬みかん    2008/02/07(木) 08:32:55   ID:TAkhVO0g 
「まんがエリート」とかいう人が「おたく」とかいう人を見て、
「俺はこいつらと違って偉いんだ!!」っていうような考え方・気分が、
「単なる弱いものイジメ」みたいで気に食いません。
たけくま氏以外の人でもね。

そういう風に作品を概念や観念で突っ込んで観て、
もっともらしく言葉に出すことを
硬派とか思ってる人もいるようですが、
普通のアニメ等好きな人達が容認出来ず
見下してるようじゃ、それ既に「硬派」じゃないしw

ちなみに、キャラ萌えで見る人もちゃんと作品や作った人を
リスペクトしてると思いますよ。
私は、(優先順位としては比較的低い方だけど)キャラ萌えも自然に含めて、
アニメや近年のノベルゲームなどの作品をトータルで評価しますね。
あと、TVアニメでもここ近年はクオリティの高い(観ていて面白い)作品も
それなりにあると思います。


241 : 名無しさん    2008/02/07(木) 23:21:41   ID:+6BVZRzg 
69年生まれですが
80年代の日本が一番高揚していた時期にオタク文化が花開いて
その頃、少年期を過ごせたのは凄くおもしろかったです。
エネルギーに溢れていた時代に成長した文化ですから、そりゃ
面白いに決まってますわな

その頃、格好いいとされてきたものは世界の物真似ばっかりで
日本発の文化みたいな物は、正直ダサイ物ばっかりでしたね
気が付いたら、最もダサイはずのオタクが世界から物真似される
文化に育ってました。
今のマスコミがオタクを取り上げるのは、マスコミ人達の
物真似文化のコンプレックスを、あのダサイオタクが覆したと、
少々驚きの目で観てる気がしますね


242 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/08(金) 10:45:31   ID:9oqlvMS2 
残念乍ら

時代を切り拓く作品 停滞をもたらす作品 逆行さしる作品

とエウモノワありまする。ここを混ぜっ返すやつぁ後者二つがおこのみやつら。


243 : 名無しさん    2008/02/08(金) 13:45:43   ID:+bqg0yeg 
こんにちは、竹熊さん。
私は1964年生まれの男、ガンダム放映時は中学2〜3年生でした。
自分はまったく見ていなかったのですが、クラスメイトの女子が
「ガンダムというアニメが面白いから、再放送の嘆願書に署名して」
と、言ってきたことがガンダムを初めて知ったきっかけでした。
さて、オタク差別があったか、という質問への答えなのですが、私の暮らした当時の静岡県東部の町には、ありませんでした。
まず、現在でいうオタク、になるほどのサブカル系文化自体が、流入してこないこんです。
静岡県では、1978〜9年くらいまで民放テレビ局が2局だけ(TBS系列とフジテレビ系列)しかなく、いわゆるゴールデンタイム以外は、NETや日本テレビ系の番組が本放送の時間帯をまったく無視して、午前中から夕方くらいまでごちゃ混ぜにして放映されてしたんです。
ですからアニメ、特撮ドラマをリアルなオンタイムで見られることはまずなかったのではないか、と思います。
私自身、マンガも好き、特撮ドラマも好きな方だったのですが、それをいちいち誰かに語ることもなく、あくまで個人の趣味、嗜好としての関わり方でしかありませんでした。
ということで、静岡県東部の田舎では1970〜80年代まではオタク差別はなかった、という報告を終わりたいと思います。


244 : めたろう    2008/02/09(土) 17:12:10   ID:APPmcc26 
同じく静岡県東部出身で、71年産まれです。
小学校に上がる位までに民放は朝日:日テレと全国ネットが整備されて行きました。
だからと言って、オタク文化的なモノや人員が周りにいる気配もなく、
そういう志向は個人レベルに埋没していたと思います。

夕方に、一世代前の特撮やアニメの再放送が結構充実していたのは、
今考えると幸運だったと思いますが、なんか中学高校位で「マグマ大使」を見ては
母親に嫌がられた記憶がありますから、私自身に素養はあったと思うんですが、
90年代に上京するまで、そういう媒体に接する手段が無かったのであります。

東京とかにはオタクと呼ばれる人がいて、、、という認識しかなかったのであります。


245 : hiro4    2008/02/09(土) 23:08:37   ID:NoP3MOQc 
東浩紀氏の『動物化するポストモダン』のフランス語訳を出版する
関係か日仏学院で日本とフランスを繋いで「オタク」をテーマにした
インターネット会議が行なわれます。

2/15(金)です。
詳しくはリンク先を参照ください。
http://www.institut.jp/agenda/evenement.php?evt_id=840


246 : たけくま ★    2008/02/14(木) 22:12:12   ID:??? 
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_b05b.html

まんがエリートとおたくの間に(2)をアップしました。


247 : 長谷邦夫    2008/02/15(金) 00:06:42   ID:fy/tfKDU 
70年万博には『ニャロメの万博案内』3冊構成の仕事を
やりました。横山孝雄と山口琢也の二人がテキストで
助けてくれたし、横山は写真も撮り、絵も描いた。

全学連では「東大全共闘ニャロメ派」なる、小セクトが
存在!と聞いてビックリだった。

マンガばかり夢中で描いていて、世間を良く知らなかった…
って感じが、今になって感じるのです。


248 : 漫棚通信    2008/02/15(金) 00:24:16   ID:nmzy9Bm6 
COMが創刊された1967年に何があったかといいますと、
マンガ新書版のブームがありました。
それまでマンガ単行本はハードカバーか、
B5のカッパコミクスのような形態だったのが、
ハンディな形で突然、大量に発売されるようになりました。
それ以前の発売点数とはまったく違っていたはずです。
自分のところにもときどき書いてますが、
個人的にはこれがオタクの発祥ではないかと思っています。


249 : eastwest    2008/02/15(金) 03:46:30   ID:9p8OQ5o2 
赤坂真理の「モテたい理由」は男女論だけど
見事なオタク論であると思います。オタクゆえに死にそうな人、
死にそうだった人、そのうち社会から消されるんじゃないかと
思っている人は読むとスカっとしますよ。


250 : 1026    2008/02/15(金) 11:28:12   ID:Eha724j+ 
「おたく第一世代の成立」に期待します。
この辺はその時代の方でないと語れない部分ですね。しかも語る人も限られるし。
おたくがこれからも残るのであれば後々にも引用されて歴史化する論考になるかと思います。

ところで、「サブカルチャー」から政治的なものが抜けていったのは何故なんでしょう?
学生運動には明確な事件として挫折があるけれど、「サブカルチャー」の政治性にも何か挫折があったのでしょうか?
もっとも、今なお「サブカル」と「おたく」に政治性の尻尾が残っているとも思うのですが。


251 : たけくま ★    2008/02/15(金) 12:07:56   ID:??? 
社会の主流層に反抗するサブカルチャーのことをカウンターカルチャー
といいますが、70年代中盤までのサブカルはおおむね
カウンターカルチャーでした。あのコミックマーケットにしても、
成立時は「アンチ商業主義」という名目のカウンターカルチャー
でした。

ただ、僕の印象では、70年代中盤から80年代にかけては、若者に
とって政治が一番ダサかった時代なんですね。これはそれ以前の、
左翼運動が国家にコテンパンにされ、一部学生が過激化して、一般
大衆の支持を失ったことに原因があるのだと思います。

代わりに台頭したものがサブカルチャーで、ことごとく「個人の趣味
に走った・無意味な・社会の役に立たない」ものでした。
音楽にしても政治性が抜け落ちたラブソングが流行るなどしていました。
つまり体制に反抗するという意味でのカウンターカルチャーでは
なくなった代わりに、体制が称揚する価値観からも外れていく、
一種のサボタージュのカルチャーに変質していったと思うのです。
そこからオタクが立ち上がったのは必然だったと思われます。
ああ、次回書く予定の内容をだいぶ書いてしまいました。

「オタクの政治性」については、一歩間違うとかなり生々しい
話になるので書き方が難しいですが、触れてみたいと思っています。


252 : 長谷邦夫    2008/02/15(金) 12:14:58   ID:fy/tfKDU 
政治性の問題。鋭いご指摘だと思います。
ぼくら、若いマンガ家は学生の政治運動とはリンク出来て
いなかったし。政治風刺で抵抗を試みる〜みたいな意識も
無かった。
当然、マンガ読者にそのような意識が生まれるはずはない。
下記URLの『パロディ漫画大全』(水声社・長谷邦夫)では
佐藤栄作がさかんに登場したが。
これらは「COM」だから描けていたとも言えますね。

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%91%E3%83%AD%E3%83%87%E3%82%A3%E6%BC%AB%E7%94%BB%E5%A4%A7%E5%85%A8-%E9%95%B7%E8%B0%B7-%E9%82%A6%E5%A4%AB/dp/4891764678/ref=sr_1_22?ie=UTF8&s=books&qid=1203044946&sr=1-22


253 : 中村情苦 ◆ oYKMdRT8Rs    2008/02/15(金) 12:15:58   ID:JTClehLU 
前に見つけた映像を・・・
三島由紀夫VS全共闘



このDだかEだかの小阪修平さんの本を読むと
過激になっていった70年代には(著者的には)全共闘は終わっていた
というようなことを書かれていました。

単にモテたいとか就職のために参加していたとか聞きますし
案外、オタク密教につながるのかもしれません。。。


254 : めたろう    2008/02/15(金) 12:16:41   ID:TWdXGuFo 
1975年頃は、幼稚園か小学1年の頃。

俺のいた無認可幼稚園は、
若い幼稚園教師達が既成の幼稚園に飽き足らず、
新興住宅地の自治会を巻き込んで立ち上げた、
市民運動的な側面を持った存在でした。

立ち上げ当初の70年代の内は、
賛同、運営参加する親達の支援と、
団塊Jr世代の子供の多さによって、
なんと500m先に既存の学校法人による幼稚園があったのに、
(表向きは)共存できていた、という牧歌的な時代でありました。

その後80年代に入ると、
自治体の介入、親達の質の変化、子供の減少等の困難に抗しきれず、
創立メンバーも抜けて行き、
80年代後半には解散する事になりました。

まだ、政治の季節の残り火が辛うじて燻っていた頃の話です。


255 : 1026    2008/02/15(金) 17:57:30   ID:Eha724j+ 
>たけくまさん
長レスありがとうございます。
学生運動の時代から政治性のある「サブカルチャー」の時代、それから政治性の抜けた「サブカル」になったのかと思ってました。
(用語もややこしいですね。)

カウンターカルチャーと学生運動は不可分なもので、
共に70年よど号ハイジャック事件、72年あさま山荘事件で政治性にとどめをさされて、
サボタージュの文化「サブカルチャー」になったという事ですね?

レスの文脈で考えると「おたくの政治性」にはサボタージュの文化としての側面があるという事なんでしょうか?
僕個人が考えていた「おたくの政治性の尻尾」はおたくが持つ価値観の中にあるものを考えていました。

例えば…
「作家性」体制に汲みしない個人の表現
「アンチ商業主義的姿勢」難しい所ですが、ブログの広告利用やアンチバンダイなど。
「革新的表現」「読者を裏切る」
これらは単純に面白いものを求めた結果なのかもしれませんが。


256 : 1026    2008/02/15(金) 18:07:14   ID:Eha724j+ 
>長谷邦夫さま
昔の漫画を読むとしばしば学生運動の名残が見られるのですが、
当時の漫画業界と学生運動には断絶があったのですか?

白土三平作品には共産主義的思想が流れているといいますし、
鉄腕アトムにすらアトムがお茶の水博士に対して反抗的になって、「ナンセンス!」なんて叫ぶシーンがあったりしたはずなんですが。


257 : 1026    2008/02/15(金) 18:18:51   ID:Eha724j+ 
それから、よど号ハイジャック事件の「我々はあしたのジョーである」という発言などを読むと、
漫画と学生運動が接近していたのかとも思うのですがこれも「ニャロメ派」と同じような受け止め方だったのでしょうか?

正直、自分なんかは全くピンとこなくて意味不明に近い。
(あしたのジョーのように倒れても立ち上がると言いたいのでしょうか?)
漫画のキャラと重大事件が混じり合ってるところにオウム的なものは感じるのですが。


258 : えすぱ    2008/02/15(金) 19:13:17   ID:L5jWfuTw 
>199 で、
『おたく第一世代が志向したものは、いわゆるカウンターカルチャーじゃない』
と書いたものです。
えー、
カウンターカルチャーは、
「おたくの発生」を考える上で重要なキーワードだと思います。

それでですねえ、
カウンターカルチャーつうもの自体には、政治性が含まれないんじゃないでしょうか。

例えば音楽でいうと、
戦前戦後のインテリゲンチャつうのは、
音楽というものは「クラシック」を最高峰とし、それ以外はゴミと見なすような鼻持ちならないところがあったのですが、
それに対して、明確に反抗の意思を持ってカウンターパンチをカマしたのが、「ロック」なわけです。

「文学」に対しても
手塚先生とかはどう思われてたかはともかく、
「漫画」をもって対抗したわけですね。
自らの描く漫画を明確にカウンターカルチャーと意識してたのは、宮谷一彦あたりからでしょうかねえ。

で、
『おたく』の立場は、
この、既存の価値観に対する反抗、みたいなものは無いと。
もちろん政治的反体制とかにも組みしないものですね。
何か、
そういうテーゼとアンチテーゼみたいな社会性から離れた、屹立した作品自体を愛でる、
という地平が開けていったという感じですかねえ。


259 : 名無しさん    2008/02/15(金) 20:44:35   ID:YeeZL5Vc 
興味深く拝見しています。
四国に住む今年41歳の男です。
自分はアニメにも漫画にも縁が薄かったのですが、
高校生の頃(85年頃)、初めて「コミケ」というものに連れて行かれました。
地方都市での開催で、どんなだったかは覚えていません。

このころにはその友人達も「オタク」という
呼び方はされていた記憶がありません。
高校を卒業する頃にはその友人達もそういう趣味から離れていったものが
ほとんどだったのですが、その中に社会人になっても、
「コミケ」に行って周りから引かれているという話をしたのを思い出しました。

そして87年。
大学(東海地区)にはいると「漫研」なるものがあり、
そこにはかなりの人数が集まっていることを知るのです。
漫研に在籍していた女性に惚れた、からなのですが。
(その恋は、うまくいきませんでしたけど・・・)

そしてその漫研のメンバーは、明らかに周囲から異質な存在として
認識され始めていました。
「おたく」という言葉を聞いたのは、漫研に在籍していた
同じ学部の男からでした。
非常にまともな男で「漫研の良心」と呼ばれていましたから、
印象に残っているのです。
具体的に名前を出して、あの人みたいなのを言うんだぜ、と。
ただそれは「変った人」というニュアンスで、
見下げたようなものでは全くなかった気がします。

僕の全く個人的な考えなのですが、
現在の蔑称的「オタク」と呼ばれるか否かは、
のめり込んでいる対象が何かではなく、
その対象の面白さを周りに伝えることができるかどうかに
かかっているような気がするのです。

みうらじゅんさんがオタクと呼ばれにくいのは、
この能力がずば抜けているからではないでしょうか。


260 : 259    2008/02/15(金) 20:47:45   ID:YeeZL5Vc 
間違えました。

× 周りから引かれているという話をしたのを

○ 周りから引かれている男が居る、という話を友人としたのを


261 : ◆ OZCI/VVVB2    2008/02/15(金) 21:10:55   ID:/PB6iewY 
オレも竹熊さんのエントリーを読んでいて、「よど号」のっとり犯の声明に
「われわれはあしたのジョーである」
があることをおもいだして仕方がなかった。オレ自身はものごころつく前のことなので、
当時のことは全然わからないが、これをみるかぎり、マンガと学生運動は「接近」というより、
むしろ「おなじ」というような表現をしてもいいぐらいの近くて深い関係だったようにもおもえます。
だって、ひとりの人間の心のなかに両者がまぎれもなく共存しているわけで、
「おなじひとつの心」のなかにあるふたつのできごと(というか存在というか観念というか)という状態なわけですから。

しかもこれは、のっとり事件をやらかした特定の小集団の中だけの内輪の文や発言ではなくて、
かれらが世間一般にむけた公式声明のなかの文言だったはずです。つまり、犯人たちの主観のなかでは、
この言葉で世間一般に意味がつうじるとの前提がなりたってるわけです。ということは、
すくなくとも当時の学生運動のにない手たちにかぎっていえば、
その程度にはマンガは普遍的で影響力があったってことなんじゃないか。

さらに連想したのは呉 智英(くれ ともふさ)という評論家の存在です。
まちがいなくこの人も「全共闘」と「まんが」のふたつを「おなじひとつの心」に共存させている例だとおもいます。

そう考えると、全共闘世代は、
オタクとサブカルチャーとが未分化だった最後の世代であるということなのかもしれん。

……いや、よくは知らないが。ただのおもいつきで。


262 : 名無しさん    2008/02/15(金) 22:41:55   ID:try5bYQE 
マニアvsミーハーという対立図式もありましたね。
キャラ萌えなんってミーハーであり、マニアたるものは
SF的なテーマについて語るべきであるというような。


263 : 名無しさん    2008/02/16(土) 00:30:42   ID:f0J6ghBw 
男は本来オタク的、なのに全員みうらじゅん化を
要求されてる、ってのが時代の病理なわけですが・・・


264 : 名無しさん    2008/02/16(土) 00:33:27   ID:K1mtUokg 
あまりほんとうのことをずばりずばりと書いておさまるほど
お前にちからなどなさぽなさぽとのおたつしガンガンなのすが

日本語を鍛えた勝共連合朝鮮人があさま山荘のメンバーの誰かで
いわゆるザジズゼゾジャジジュジェジョの言い分けのできない
誰かで そいつが心理戦しかけて順々に殺人を遂行さした
やうである。

これどっかに書き込んだおやおや佐々ひつこんだ コラー


265 : 長谷邦夫    2008/02/16(土) 00:43:52   ID:5XVWmYUc 
漫画業界と学生運動〜これは、ぼくの体験でいうと、ほとんど
無関係ですね。
まだ、マンガは子供に読まれてナンボの時代ですよ。

「COM」にぼくが描いていた時期に、学生から
そうしたことで接触されることはありませんでした。

赤塚でいうと、その後だと思いますが
「革マル」から、カンパしてほしいという
人が、たびたび出入りしていました。
「まんがNo.1」で、反戦自衛官のK氏の
メッセージを歌詞に使い『自衛隊賛歌』なる
フォノシートを、ぼくが作ったことに関係が
ありますね。1972年前後です。

これはディスクユニオンのインディーズで最近
復刻したんですがね。

赤塚は足立正生氏との交流があった。
これもナンバーワンの佐々木守対談を
ぼくが企画したせいです。
佐々木さんが、ぼくに若松考二監督を
紹介したことから、三人がお仲間で〜
ということですね。

原因は、みんなボクだった(笑)。
これらは、全学連ではない。
<赤軍>!ですよ。
時効??もいいとこですが…。


266 : 名無しさん    2008/02/16(土) 01:06:51   ID:YmBosBVI 
竹熊さんとみうらさんって共通点があるようでないような気が…
普通に喋ったりするんでしょうかね?
二人とも大好きだけどなんか想像できないです


267 : 1026    2008/02/16(土) 01:38:38   ID:5xoGn3BA 
>長谷邦夫さま
無知でしたので、人名をぐぐりましたが、
それって無関係なんですか?(笑)
すぐ近くが凄くホットなのに
長谷さんは無関係であるかのような凄い温度差…


268 : たけくま ★    2008/02/16(土) 02:24:17   ID:??? 
>>266

みうらさんとは吉祥寺のお祭りのゲスト同士で一度だけ
会ったことがあります。
それも3年くらい前で、お会いしたのはその一回だけ。
世代的な共通点は大いにあります。それは次のエントリで
触れようと思うんですが、なぜか会うことがなかったですねえ。
いとうせいこうさんとは、彼も僕も小学館のスピリッツで
仕事していたこともあって何回も会っているんですけど。
でもみうらさんと会った瞬間に、うち解けるものはありましたね。
そこからまた疎遠になっちゃったけど…。
みうらさんがオタク扱いされないのは、70年代までのオタクと
サブカルが未分化だった時期の感覚をその後何十年も貫いている
人で、80年代以降にオタクの派閥が確立してからはそちらに
接点を持たずに「我が道」を行っているからでしょうね。
いわゆる「派閥」があるようでないですよね、彼は。
いとうせいこうさんと一緒に仕事しても、派閥じゃないよねの
関係は。


269 : 長谷邦夫    2008/02/16(土) 10:57:02   ID:5XVWmYUc 
「COM」の、ぼくの作品の範疇では関係が薄いっていう
ことです。

「まんがNo.1」に描いた、ゴルゴ13の<最終回>パロディを
『パロディ漫画大全』で、参照して下さい。
これには「岡本公三」なんかのイメージが使われているはずです
よ。若松監督との出会い〜それを赤塚不二夫に繋げていこうと
紹介したこと〜それが、ぼくの意識内にあったのは、間違いあり
ません。

全学連のゲバ棒描写などは『東海道戦争』(筒井康隆・原作
朝日ソノラマ版・新書判マンガ)にも描きましたが、これは
67〜8年代の社会状況の反映で、彼らとの接点はありません
でしたね。

足立さんは、帰国されているわけですが、
まだ再会を果たしていません。
映画もまだ観ていなのです。観たいと
思っていますが…。


270 : 名無しさん    2008/02/16(土) 11:57:21   ID:K8Yu068o 
60年代とか70年代とかいわれてもピンとこないし、
あんまり印象もないのはなぜだろうと考えると、
私が地方に住んでいて、そういうのは主に
東京での話だからではないのかな?


271 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/16(土) 17:56:17   ID:K1mtUokg 
寺山修司さんがもたらしたカッチョヨサはなみたいていじゃないのである。

瞬時にけさりたのである。


272 : ◆ OZCI/VVVB2    2008/02/16(土) 20:51:30   ID:/PB6iewY 
>>271
オレも上のかきこみのとき寺山修司のことも連想してましたよ。
「誰が力石を殺したか」という題のおもしろい小論が寺山修司にあって、
「あしたのジョー」の結末を論じてるんですが、そのことを連想してましたわ。

「あしたのジョー」の最後で矢吹ジョーが死んだとき、
おおぜいの読者たちがジョーを追悼する葬列だかをつくったという記述がたしかこの小論にありました。
初めて知ったときは「ヘエエ、昔そんなことがあったの!」とおどろきましたが、
その葬列にならんだ人たちと、
ゲバ棒・投石・ヘルメットのひとたちは同じだったんじゃないか……なんて思いますね。

それにしても「誰が力石を殺したか」をむかし初めて読んだときはメッタやたらに感動しましたね。
あれは作品批評というべきか、それとも社会批評というべきか、そのどちらでもあり、
その両面が分かちがたくむすびついていて、
バラバラにすることができないという論理構造の作文になっていて、
あんなおもしろい論評をかんがえだせるようになりたいもんだと強く強くあこがれましたな〜。
話がずれたな。


273 : たけくま ★    2008/02/16(土) 22:31:01   ID:??? 
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/70.html

↑70年代は変な時代だった。

オタク論とは直接関係ないんですが、俺なりの70年代こぼれ話です。
補足エントリとしてお読みください。


274 : 情苦 ◆ oYKMdRT8Rs    2008/02/16(土) 23:26:23   ID:LuUbWxzk 
上の世代に対する妬ましさは自分もありますね・・・。

>>音声だけ録音したり、一人で何役もこなしてラジオドラマ作った
これは今でもミリしらシリーズとして微妙に流行していますw


275 : 名無しさん    2008/02/16(土) 23:43:52   ID:hhFrnips 
>(YMO結成が78年)。

あれれ


276 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/17(日) 04:46:34   ID:llezUuTs 
>>272
ハリウッドぁいずされたらデヴィットとゴライスアになるでせうやつらすんぷるだkら。


277 : 名無しさん    2008/02/17(日) 08:25:18   ID:E3/geyec 
>なぜ本人が来ないのだ
これ、すごいわかります。
自分の場合恥ずかしさからでしたが。
あの時から非モテになったんだなぁ。


278 : ミツカンひじきごはん    2008/02/17(日) 08:31:27   ID:llezUuTs 
既に始まっていたのですね。

279 : ポン助    2008/02/17(日) 09:25:47   ID:o6gFBoTM 
突然ですが、モービルのCMで流れていた曲「気楽に行こうよ」は、
鈴木ヒロミツではなくて、マイク真木が歌ってました。


280 : どけん    2008/02/17(日) 09:34:43   ID:nyo+NrwI 
>音声だけ録音したり、一人で何役もこなしてラジオドラマ作った

これはオレもやってました!ラジカセの前で松本零士の「戦場漫画シリーズ」を
フキダシだけ読んでくのw ウチの兄貴にも対役を頼んだら恥ずかしがってワザと
棒読みで声出しやがって・・w 根性足りないッスよね。

ユーミンはスケールのでかい「ノーサイド」が最高。愛鳥。
あがた森魚は最近神ジャケが出ましたね。「バンドネオンの豹(ジャガー)と青猫」は
ボートラの、おまけ四曲全てハズレなし!飼いです!甲斐っ!買いましたw。


281 : ウンコブリブリ ◆ H7SSvHbT8Y    2008/02/17(日) 09:40:56   ID:yfEKsASU 
たけくまさん、
俺みたいに
80年代に時代とか景気とか意識しはじめた世代としては、
確かにたけくまさんの言う、70年代後半から
80年代の空気があったのは賛成できますね。

ちなみに、俺にとっての80年代のイメージは
『えっ、エリマキトカゲってなんだよ?えっ、もう次?
ウーパールーパーってなんだよ?えっ、もう次?』
って感じで次から次に新しいものが
出ては消え出ては消えしてた雰囲気でした。
俺の中ではこれが91〜92くらいまで続いていた記憶があります。
確かこの年ぐらいを境に一気に雑誌の広告から
『如何に金を使おうか?』的な言葉が消えていった
記憶があります。


282 : たけくま ★    2008/02/17(日) 10:07:35   ID:??? 
>>279

あ。そうなんだ。そういえばヒロミツにしては声が違う感じが
するなあと不思議に思ってたんですよ。でもCMに映っている
彼の姿が印象的だったので、てっきり歌もそうに違いないと。
コメントを訂正しておきます。


283 : DK    2008/02/17(日) 10:33:29   ID:oUq+nwcM 
はじめまして。
オタクについてではないのですがちょっと気になることがありました。

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_b05b.html

>>80年代は全員これはバブルだ、明日には弾けるぞと思いながら今日という日を刹那的に生きていたのです。


とあるのですが、当時そう思っていた大人って多いのですか?
バブル当時は東京ど真ん中に住んでた小学生だったので上の世代はどう思ってたのかわからないのですがちょっと信じられません。
いい大人がこの景気はずっと続くと思ってたからこそその後「失われた10年」云々になったんじゃないんですか?

少なからず違和感を感じてた人たちはいるでしょうがなんか後だしじゃんけんみたいな気がしたもので。。


284 : 名無しさん    2008/02/17(日) 10:54:08   ID:llezUuTs 
ゆーみんはぁふとぉおぉわたるかぜがぁいいんじゃないっかなぁとかぁおもうんですぅ。

285 : 名無しさん    2008/02/17(日) 11:06:21   ID:bJctbvNo 
「まんがエリート」から「おたく」への変化で、ぼくが気になってたのは
「おたく」のほうが作品の評価基準がずいぶん甘いということでした。
「まんがエリート」の基準ならヤマトも大傑作というほどではなかったでしょう。

こういうのは「気楽に行こうよ」という気分の変化が原因なんでしょうか。


286 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/17(日) 11:38:25   ID:llezUuTs 
それはパワードスーツとガンダムの問題に集約される。

287 : あんとに庵    2008/02/17(日) 12:05:42   ID:O7T36hkA 
懐かしい年代ネタに釣られました。
わたくしの「80年代」はピストルズにはじまり、ニューウェイブ
に受け継がれたシロモノなんで既に70年代半ばに始まっていたかも。

DK様>
その時代、よく「株買わないか」勧誘電話がかかってきたものですが、
「株なんぞ、何時までも右肩上がりなわけないだろ」
「そんなうたかたなものに頼っていてはいつか破産するぞ」
と撃退していたものでした。まだ「バブル」という言葉でその時代を
意義付けていなかった頃です。
どっかでそういう思いが皆の中にはあったとは思います。


288 : ミンカンひじきごはん    2008/02/17(日) 12:11:57   ID:llezUuTs 
バブルというもののネタバレは2chで行われました。それにまつわる悲しい少女の話もある。

ここでつまびらかにしませんが、いよいよ理学に専念せなならんのである。ああ

「生物の共通点は時間感覚がある」。


289 : ウンコブリブリ ◆ H7SSvHbT8Y    2008/02/17(日) 12:39:14   ID:yfEKsASU 
>>283
参考までにDKさんより少し上の世代の俺の見た感じですが、
俺自身はこの時期バブル期も不況の都市にいたのですが
やはり、こんな馬鹿みたいな好景気がいつまで続くわけがないし、
今度の不況は結構酷いだろうなとは思っていました。
まぁ、さすがにここまで酷くなるとは思っていませんでした。
少し低い水準にはなるとは思ってたけど
今の第三国の台頭とかは予想してはいなかったしね。

飽くまで私見だけど、
明日には弾けるぞと思いながら今日という日を刹那的に生きていた人たちが
『どうせなら楽しんじゃえ』って感じで牽引したのが
バブルが肥大しすぎた要因の一つだったりして。


290 : 名無しさん    2008/02/17(日) 13:52:22   ID:Xspqp8yM 
90年代は94~99年ぐらいまでなきがするなあ
コギャルとコムロとオウムとエヴァの時代だった。
00年代は2000年からがらっと変わった印象がある。
ケータイ、2ch、ブログの時代ですかねえ


291 : 名無しさん    2008/02/17(日) 14:10:41   ID:1LLUHX6E 
>モービルガソリンCM「気楽に行こうよ」

自分は73年に子供だったので、それこそ気楽にCMを見ていましたが
モービルガソリンのCFを手がけた
ディレクター杉山登志は、1973年に自殺しちゃいましたね。

「のんびり行こうよ」破産、とか書かれて。

ご存知かもしれませんが、杉山氏と組んで仕事をしていた作曲家の証言
http://www.brain-jack.com/u_mail/u_20041215.html


292 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/17(日) 16:33:06   ID:llezUuTs 
そーいやこないだ家へとぼとぼと歩いて鱈横断歩道で車が俺いるのにゆるやかに突っ込んできましてな。
なにかんがえてやがんだとおもったが「のんびり以降よ」といいたいゆるやかさで突っ込んで。ええ。なる。


293 : OZI~    2008/02/17(日) 18:26:28   ID:Oklc/aos 
個人的な感覚ですが。60年代的なものは中津川フォークジャンボリーで終焉を迎えたと思っています。
また70年代的なものの始まりは札幌冬期オリンピックだと感じています。
ですから竹熊先生の感覚よりは一、二年早い感じです。
また邦楽としてははっぴぃえんどや小坂忠、少し後ではサウス・トゥ・サウスなどを私や友人達は聞いていたように思います。
ただヒットチャート上での『四畳半フォーク』的なもの対『ユーミン』的なもののせめぎ合いという構図は非常に納得できます。


294 : OZI~    2008/02/17(日) 18:40:59   ID:Oklc/aos 
連投ですみません。
バブルの話が出ていましたので。
土地転がしでかなり儲けた知り合いがいて、真似して土地を買おうとした同僚を皆で止めていましたから、やはり常識的にはおかしいと感じていた人のほうが多かったように思います。


295 : ミツヘンひじきごはん    2008/02/17(日) 21:36:20   ID:llezUuTs 
どうなんすかね。俺は「われわれのたたかいはしょうりだった」というじゃっくをうたがわないのである。

296 : オイラ    2008/02/18(月) 05:52:37   ID:iss68bOM 
たけくまさん、みなさん、ありがとうございました。
しみったれ性分は洗い流すことにします。


297 : OZI~    2008/02/18(月) 11:59:06   ID:qEaS/RK2 
申し訳ありません。慌てて趣旨の不明確な文章を書いてしまいました。
293,294の文の削除をお願いいたします > 竹熊先生


298 : ◆ OZCI/VVVB2    2008/02/18(月) 12:07:02   ID:JIJJ8ifE 
>>283
さだかな記憶ではないので、明確な根拠をもとめられると困るのですが(笑)、いわゆるバブルがはじける以前から、
この異常な好景気はいずれ破綻する、だれかが最後にババをひく≠ンたいなことが、
新聞・雑誌の記事とかでもよくいわれてたような気がしますよ。そうした報道などを受けて、
当時のオッサン・オバサンたちもこういう種類の好景気はいつまでもつづかない
ということを言ってたんだと思います。

ですから、けっして「違和感」というようなバク然とした感覚的なことじゃなかったと思います。

最近もUSAのサブプライム・ローンをめぐるアブク景気とその破綻というできごとがあって、
ニッポン経済もその影響をうけて報道されてましたが、この場合も上とまったくとおなじ事情がありました。

すなわち、USA国内は住宅ローン金利の関係で異常なアブク景気にわいており、
そのアブク銭がながれこんでくるためにニッポンでも株価の上昇などがおきている、そして、
そのアブク景気はいずれ破綻をきたすもので、そうなればニッポン経済もその影響をモロにうけるだろう──
という意味の報道や論評が、
すでに2005年の時点でニッポンでも金融業界や各種金融相場師たちのあいだでは常識化していたと思います。

ようするに、好景気の原因がわかっていれば、その原因がきえると同時に好景気も自動的におわるわけですから、
その知識にもとづいて予言%I報道や論評ができるってことなのでしょうね。

その意味では「後だしじゃんけん」という表現はかならずしもあてはまるわけじゃないと思います。


299 : めたろう    2008/02/18(月) 12:19:10   ID:m5fPBx8E 
ユーミンの発言とか、ホンマかいな?とも思うものの、そういえば、
バブルの末期の頃、確かNHK-FMでロッキングオンの渋谷さんとの対談で、
「私の歌が売れなくなる時は、この国がおかしくなる時だ」みたいな発言をしたのを聞き、
コイツ、言い切りやがった、、、と呆れた記憶があります。
(実際ある意味当たってたんだけど)

バブル崩壊に関しての予兆、と言う事では
みんな、腹の底では「もつわけがない」と思っていたものの、言い出せない空気があって、
という大東亜戦争末期の如き状況でありまして、
「指摘するのに勇気がいる」状態だったと記憶しております。
漫画家の中で、この点についてきっちり指摘したのは、
「大と大」において、本宮ひろ志さんが糾弾といって良い口調で罵倒した例を知るのみであります。
本宮さんは近年に至っても、
「男樹四代目」で「国家とは組織暴力である」と喝破したのち主人公が自爆とか、
作品で度々漢気を炸裂させてくれるところが大好きであります。


300 : 永田電磁郎    2008/02/18(月) 15:46:30   ID:20zkWdb2 
中高の同級生にユーミンのはとこってのが居ました。でも、周囲のほとんどが、だからなんなんだって感じでしたが。
同級生の間で、ユーミンの熱狂的なファンがどれだけ居たかっていうと
そんなに目だって居た訳じゃなくて、ジャニーズ好きと洋楽好きにほぼ二分されていたような記憶がある、70年生まれ戌年。
トレンドの真っ只中にいたユーミンも、既に、ローティーンからは見放される兆候が見えていたんだと。
私は、突き放しているようで、どこか、自己憐憫にもにた諦めの悪さが垣間見える歌詞がどうも好きになれなくて。
フォークの陰が付きまとっていたのを敏感に感じ取っていたのかもしれません。
「80年代は刹那的」というのは何か心当たりというか、そうそう、そうだった、という感じがします。
うまく説明できないんですけど。
このところリアルクローズを扱うファッション雑誌では80年代風ファッションがトレンドとしてクローズアップされる事が多いんですが
今の時代の視点で作り上げた80年代ファッションは、やはり、リアルな当時の服装を知る世代には
洗練されたものに映ります。そういえば当時はDCブランドブームもありました。
「ネオンカラー」「ビタミンカラー」という蛍光色や原色。
ドルマンスリーブやだぼっとしたパンツのルーズなシルエット。
サスペンダーや太いベルトなどのポップな小物。
それらの幾つかはその後につながるボディコンにも継承されていきましたが、
サイケやヒッピーとも違ったなんともいえない奇抜なスタイルでした。
バブル後、ファッションはシンプルで洗練されたフォルムに収束していきました。
時代の流れの中で、80年代ファッションは異端の立場を確立したように思えます。
現在の80年代風ファッションは、それらの中から使えそうなエキスを抽出しているだけに見えます。
それまでの流れを分断してしまいたくなるような、何かが、若者の心に生まれたのではと思うのですが
それが何なのかは、ちょっと思いつきません。
余談ですが、この前コンビニでアメリカンヌードルという「鈴木英人氏」のイラストがパッケージになった
カップ麺を見かけました。DEPAPEPEのジャケットなども手がけていられるので氏が現役だという事は
重々承知していたのですが、何となく、80’sフィーリングを感じてしまいました。






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