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おたく(オタク)総合スレ

1 : たけくま ★    2008/01/27(日) 10:34:38   ID:??? 
おたく(オタク)に関するエントリ専用のスレッドを立てました。
今後これに関するエントリのコメントはこちらになります。エントリに直接関係なくても、オタクに関する書き込みなら受け付けます。


2 : たけくま ★    2008/01/27(日) 11:01:31   ID:??? 
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_38c2.html

オタクはいつから差別されていたのか?


3 : 名無しさん    2008/01/27(日) 12:57:31   ID:k7PKtya2 
ここでいうオタクは男性限定でしょうか。

4 : 名無しさん    2008/01/27(日) 13:36:07   ID:CS78nOiE 
中森明男も「言葉にできないが、アニメや漫画が好きでノリが変な、いけてない連中」を
オタクと命名したんじゃなかったでしたっけ?
ジャンル差別でなく、そういう「おとなしいけど会話してて不快感を感じる」
って意味でバカにされるのは昔から有ったのでは。
常識的で快活なアニメ漫画好きな人達すら、肩身が狭くなったのは宮崎勤以降かもしれませんね。


5 : ASA    2008/01/27(日) 13:36:19   ID:bID2fIAc 
オタク以前の言葉は「ネクラ」でしたかね。

ワタシもいじめられていた記憶はありますが、
「オタクだったから」「ネクラだったから」というよりは、
「体が弱くて勉強ができて生真面目」というパーソナリティの次元の
問題だったと考えています。

もちろん、そのパーソナリティゆえに特撮やアニメに入れ込み
「パンピー」と話しづらかったりするわけですが、
それがまたいじめられるファクターを強化する。

オタク特有のパーソナリティから発生する周囲との摩擦、疎外感を、
趣味による差別にすり替えたい意識というものが、
オタクの方に存在するような気もします。

#「メール(省略化)」は「省略可」のタイポではありますまいか
(↑そんなことを気にする性格だからw)


6 : 後藤寿庵    2008/01/27(日) 13:50:10   ID:wCCUtAX6 
僕に関して言えばガンダム放送当時は田舎にいて、付き合う友達は漫研部員数人、クラス
ではあまり人付き合いのない状態でしたが特に差別されていた記憶はありませんね。ただ
、高校生にもなってアニメを熱心に見て漫画を描いてるような人間は周囲の人間、特に大
人たちには理解されないだろうと思っていましたので、自分から一歩引いていたような覚
えはあります。なんというか、自分は差別されるべき人間みたいな、ちょっとおかしな自
己規定があったのかもしれません。

実はブリッコの、例のオタクを定義した中森氏のコラムが載った号は発行当時読んでおら
ず、僕が読むようになったのはその次の号からなので、そのときは差別語としての「オタ
ク」自体いまいちぴんと来なかったんですよ。確か次の号でも引き続きオタクについて中
森氏は書いていたような記憶がありますが。漫画以外の部分はそれほどよく読んでいなか
ったので(^_^;;

この言葉を実際に差別的文脈で使ってるのを見たのは、多分亀丸氏や青木俊直氏が参加し
ていたUSHIだったかな?そういう名前の同人誌で、漫画の中の台詞に「オタク」が出てき
て、脚注でコミケに集う、アニメにしか興味のないやつらみたいな説明があったんですね
。正確な文言は覚えていませんが、かなりさげすむような書き方をしていたのを覚えてい
ます。差別的ギャグの一種と思われますが、結構このとき自分が差別されたような気がし
てあまり笑えなかったんです。このときの気持ちとしては、結局「自分はオタクではない
」という方向に向かったと思います。なにしろ二人称に「オタク」なんて使ったこともな
いですから。もうひとつ疑問なのですが、はたして当時のちのオタクと呼ばれる人たちは
そんなに「お宅」って連呼してたんでしょうかねえ。

この同人誌が出たのは、僕がぱふ編集部に併設された同人誌仲介コーナーに通ってた80年
代中ごろだと思います。時期的には中森氏のコラムからそう時間がたっていないはずで、
ネタとしてはかなり新鮮な部類だったのでしょう。だから脚注でわざわざ説明する必要が
あったわけで。

こういうのは、なんとなく当時僕が差別対象から外れようと「自分はオタクではない」と
考え、同人誌の作者が気軽に差別語としての「オタク」を使った背景には、アニメファン
の中での差別、「俺はちがうけどあいつらはキモイ」という、内部的な差別意識があった
のではないかなあと考えたりします。


7 : 87分    2008/01/27(日) 13:52:01   ID:AiIunaFo 
>1979年の「ガンダム」本放送の時点で「アニメファン差別」というものはありましたでしょうか?

私、40で当時12歳か。
当時アニメファンという括りは一般的でなかったからなあ。
「アニメ好きは暗くて話が合わない」
というか
「暗くて運動の出来ない子はいや」
みたいな事はありました。今でもあるでしょうが。

ただガンダムの本放送に入れ込んでた層は当時の中高生以上だろうから、また事情は違うかもしれない。


8 : 後藤寿庵    2008/01/27(日) 14:21:50   ID:wCCUtAX6 
あるグループの特徴を抽出して名前付ける行為っての、便利なんだけど、
作られた瞬間に差別的に使われる場合が結構あると思います。
言葉狩りと紙一重なので、あんましこの行為自体を非難したくは
ないけどね。

最近「モヒカン族」と「ピカ塗り」の提唱者が同じ人らしいと知って
愕然とした。これ、出たとき僕どっちもなんか反発したんだよなあ。


9 : 名無しさん    2008/01/27(日) 14:23:46   ID:PTzco4r2 
たけくま氏と同じ60年生まれです。
ガンダム本放映時にリアルタイムで見てましたが、
周囲には黙ってましたね。

高校で「ヤマト」のTV放映をアツく語っていた奴が
ちょっと引かれていた記憶があります。

おたく的人格、教養に対する差別的な違和感はあったと思う。
「俺はおたくじゃない」と自分は言ってましたから。


※「こちら葛飾区亀有公園前派出所」のオチで
コミケとおぼしき会場で、いわゆる「おたく」相手に両さんが
「ちょっと待て。オレはお前らと違う。」
と言ってた回があったような・・・


10 : 名無しさん    2008/01/27(日) 14:30:20   ID:AdPA8/f6 
私は48歳になる根っからのSF・アニメ・漫画・コンピュータオタクですが、
当時、オタク差別があったかというと、あったと思います。

ただ、「差別する側」は他ならぬオタクの我々で、才能のない喧しいだけのオ
タクを「オタク」と呼んで馬鹿にしていたという状況があります。

というのも、当時、ブリッコのコラムを読んだ内容では「オタク」の定義を半
可通の知識で、喚き立てるだけの気持ち悪いやつらという定義だったので、我々
「マニア」は仲間内で才能のないヤツをカゲで「オタク」と呼んで差別してい
たのを思い出します。

その後、岡田斗司夫が「オタク」の定義を「マニア」の領域にまで広げて再定
義してしまったので、話はややこしくなりますが。当時の定義でのオタクは、
我々から(少なくとも私から)「オタク」と呼ばれて差別されていました。


11 : 主婦    2008/01/27(日) 15:37:12   ID:TjoeDYgc 
当時はとにかく新しい概念や人物や現象を現す「名詞」「形容詞」が足りなかった。「やおい」が定着するのにも、十数年かかった時代だから、公共的な雑誌という媒体でデビューした言葉に飛びついたという事もあります。会話の対象を「おたく」と呼ぶのは、82〜83年発行の同人誌上によく会話として出てくるので、「アンタ」「オマエ」「キミ」「テメー」のように、性別を感じさせない呼びかけとして重宝されていたと記憶しています。
「変人」「根暗」「ガリ勉」という名詞での虐めなら、当時からありました。公的に「オタク」がマイノリティとして公認されたのは、やはりM事件だと感じています。


12 : 名無しさん    2008/01/27(日) 15:59:28   ID:geX5+mXE 
おたく差別の差別が何をして差別と、とらえるのかが問題で
女にモテるかモテナイで考えるなら
間違いなくオタクはモテナイ
女にモテたいが為に、アニメから音楽に趣味を変えるなんてと言うのは
ざらなわけで


13 : 名無しさん    2008/01/27(日) 16:30:40   ID:DIptdC5w 
私は現在41歳で1979年のガンダム放映時は13歳ですかね?
そのときには特に一般の人からアニメ者に対しての差別は特に無かったと思います。

さらに遡って1977年のヤマトブーム開始の時には
全く無かったと断言できます。
(なんせ当時ヤマトの映画を女の子を誘って中学生がデートで見に行くことが
別におかしくもなんとも無かった時代でしたから・・・)

ただし、それは中学生にとってであって
さすがに大学生くらいの年代がアニメに対して熱中していることに
対しては
「子供っぽい」とか「いい年して」とかいう普通の反応はあったと思います。
差別と呼ばれる類のものではないでしょうが・・・。

中森氏がブリッコ誌に「おたく」論を書かれたのはリアルタイムで読んで知っていましたが
それ以前に、そのような行動を取る人たちが「おたく」と呼び合っていることについてのコラムを読んだことがあり
「中森氏はそれを読んでこの文章を書いたのだな」
と思った記憶があります。


14 : n-arai    2008/01/27(日) 16:47:10   ID:83E+ZsS6 
昭和42年生まれです。ガンダム本放送は確か小学校高学年の頃です。
当時はマイナーだったガンダムを観てるというだけで少々特殊でした。
中学時代、私はいじめられっ子でしたが、いじめの悪口の一つが「アニメキチガイ」でした。
田舎だったからかもしれませんが、ガキ向けのアニメを中学生になってまで観てる、という
ニュアンスでした。
ただ、私をいじめるヤツ全員がそう言ってた訳じゃなくて、たった1人だけです。

個人的にはオタクを名乗れるほどの人間じゃないんですが、今勤めてる会社でもなぜか
オタク呼ばわりされます。遺伝子ですかね(笑)。
けれど、冷静に受け止めるとあまり差別的な雰囲気は感じません。

差別があったとしたら、それは多分オタク自身によるものか、オタクが過剰反応しているだけか、
世間一般ではオタクは差別対象になってるみたいだからとりあえずそうしているか、いずれかだと思います。
本当に外部から差別してる人もいるとは思いますが、それはオタク全体を差別してるんじゃなくて、
その相手個人だけなのでは。

差別的な扱いはTV等の中だけで、おそらく世間一般はそれほどオタクに興味ないんじゃないでしょうか。
TV等でオタク差別が露骨なのは、そもそもTVを作ってる人たちがオタクだからだと思います。


15 : 名無しさん    2008/01/27(日) 17:22:01   ID:gOpkNZxg 
1959年生まれの女性です。
東宝怪獣祭り、東映まんが祭りをリアルタイムで見ていたとか、
中学校で萩尾望都に遭遇してマンガ家をめざしたとか、
高校の時にヤマトとかガンダムに遭遇してファンになってたとか、
大学時代は漫画研究会とアニメ同好会に属していたとか、
いろいろ「オタク」的要素を持ってますが(^_^;、
特に内輪だけで集まっていたという感じではないし、
差別を受けていた記憶はないです。

………そう思っているのは自分だけだったりして。


16 : 37歳ですが    2008/01/27(日) 17:22:45   ID:ABzyZgxQ 
>1979年の「ガンダム」本放送の時点で「アニメファン差別」というものはありましたでしょうか?
小学校低学年でしたが…
アニメファンという理由では差別はありませんでした。
でも私は昼休みに一人で絵(マンガ)を描いてる子供だったので、それが暗いという…
前に書かれてた方で「ネクラ」という、まさにその言葉でいじめにあってました。
別にアニメファンじゃなくてもおとなしかった人はそんな理由でいじめにあってたと記憶してます。


17 : 名無しさん    2008/01/27(日) 17:48:28   ID:Gcz7tK8+ 
1986年に大学受験でした(S42生)
そのとき会場の下見につきあってくれたOBがアニ研だったことについて
そりゃあかっこ悪いなと同級生と言い合った記憶があります。
つまり、アニメが趣味はバカにすべきことでした
(私自身もアニメ見てたのにどこで線引きしたのか謎)。
田舎でしたし情報源も多くはなかったはずです。ましてブリッコなんか読んでない。
深夜ラジオがネタにでもしてたかな?よく聴いてたので。

まあ高校生のことですから世の中でおたくが差別されていたというほど
普遍性の証拠にはなりませんが。


18 : サファイア    2008/01/27(日) 17:49:55   ID:3T6r8C7k 
たけくまさんの求めている年代ではありませんが、気になったのでコメントを。
「ヤヌスの鏡」で有名な宮脇明子の漫画「イノセント」において、
「ガンダム」のシャアを彷彿とさせるアニメキャラ好きの暗い女子高生が、
根性悪のお嬢様に陰険にいじめられたことで超能力がめざめるという話を
読んだ事があります。
詳しい内容は忘れてしまいましたが、アニメ好き、マンガ好きということで
さらに酷くいじめられた記憶があります。

最終的に主人公の超能力が制御できなくなり、町を台風みたいなのが襲うという、
スティーブン・キングの「キャリー」みたいな内容です。
初版は昭和61年なので、1986年です。漫画の雑誌掲載はもっと早い筈です。
(1996年にデラックス版もでています)


19 : 1965年生まれ    2008/01/27(日) 17:53:55   ID:rZ2eGkcU 
ありましたねー>差別的要素

まずは「ヤマト」vs「ガンダム」の図式。
これを語る女子中学生は「ネクラ」と呼ばれてました。
で、「ヤマト」以外だと「ボルテスX」や「ライディーン」なんかの
ロボットものが好きな女子中学生とかね。
その頃からそういう女子は「便箋」とかをコピーで作ってキャアキャア
してたわけです。
それを傍から見る一般人は「あの子ネクラね」と言ってたんです。
一気に「ネクラ」がオタク度を増していったのは松本零士ブームじゃ
ないでしょうか。
ハーロック・999あたりでブームになったとき「漫画のほとんどを
持ってる」って男の子がいて「これはすごい」と感心しつつも
「マニアって怖いね」とか陰口めいたことも言ってたわけです。

そういう私もヤマトの映画に並んで涙しながら観たり、カリ城に
どっぷりはまってアニメージュを買ってたクチですけど(^_^;


20 : nomad    2008/01/27(日) 18:09:52   ID:AxCX7EJs 
オタク「差別」というのは無かったと断言したいですね。
これはオタクの側の被害者意識の現われだと思います。
オタクの特性として先鋭的な知識を得ることを善しとするために、周囲に
理解者を得られることが少ない。
このための孤独感、疎外感が被害者意識を大きくさせたものと思います。
被害者意識が差別を外形化させたのではないでしょうか。
しかし、ネットが発達した今、オタクゆえの差別というのはすでに意味を
成さなくなっていると思います。
もしあるとすればオタク内部の抗争が原因ではないでしょうか。


21 : I'm 44,going on 45    2008/01/27(日) 18:42:03   ID:LL4TkZFY 
もうすぐ45で、TVアニメの歴史と同い年です。「ヤマトは見てたけどクラス
メイトは誰も見てなかった」をリアルに体験してます。中学はヤマトブームにど
っぷり乗っかってますね。それでもガンダム放映当時は高校生でロボットものと
言うことで最初スルーしてました。大学は日曜昼にマクロス。そんな年齢層です。

面と向かっての差別といのは無かったけれどからかわれるのは嫌、という若い世
代特有の感覚で、なんとなく知らない人には隠す傾向ってのはあったと思います。
で、その元となったのは当時全共闘世代がメインだったと思われるマスコミから
のバッシング。80年代初頭から大学生のライフスタイルが急にサヨクの雰囲気を
まとった無気力から「大学のレジャーランド化」とか言われるような状態となり、
マスコミから揶揄されるようになります。それは「ネアカ」「ネクラ」と二分され
「ネアカ」は搾取の対象として持ち上げられることとなり、金にならない「ネクラ」
は叩かれます。アニメ・マンガ好きも当時は市場に乗らない存在だったこともあり
「ネクラ」の構成要素として叩かれまくることになります。
「ネアカ」差別対象から外れた頃、一説には一条輝の台詞からとも言われる「お宅」
が「ネクラ」から切り替わって行ったような気がします。

また、別の側面として特にマンガ少年あたりで行われていた「ミーハー論争」から
派生する形で、敵対する側への蔑称としてそれぞれ「お宅」を使いはじめていた、と
いうこともあるかもしれません。「(薄めの)ファン」から「(濃いめの)エリート」を
「お宅」と呼んでいたものが、嫌悪の部分が抜けることでその後岡田斗司夫氏らに
よる「オタク」になったのかな、と思います。

で、その後のパソコン通信による同じ趣味の者たちが集まる環境ができるまで、マスコミ
が作った実際には存在するかどうか分からない「オタク差別」を警戒していたと思います。

就職してからパソ通までが結構孤独でしたね。

こんなんでご質問の答えになってるか分からなくなってきましたが、折角なので書
いておきます。


22 : 名無しさん    2008/01/27(日) 18:46:49   ID:k7PKtya2 
TVがおたく叩きをするときは必ず「おたく族」と呼んでいましたね
平成頭だと。


23 : 名無しさん    2008/01/27(日) 18:46:58   ID:DIptdC5w 
前に書き込んだ41歳のものですが
小学生のころよりアニメ以外にも
「釣り」「写真」「卓球」
などネクラと言われることの多かった趣味を持つのですが
1979年〜1985年くらいの間では
それらの中では、むしろアニメよりも釣りのほうが
「ネクラ」「じじむさい」「魚臭そう」
などの理由で茶化されることが多かったです。

その後90年代半ばすぎてバス釣りブームが始まって
キムタクなどの芸能人がみなやるようになると
状況は一変し、誰もそんなことは言わなくなりましたが。

多分
竹熊さんのおっしゃっている仮説が正しいのだと思います。


24 : 名無しさん    2008/01/27(日) 18:47:05   ID:jwoWnuFA 
大御所マンガ家さんの少年時代の話などを読むと、昔はいじめられていた
という話がよくありますが、もちろん当時テレビアニメとかはなかったとしても、
これも一種の昔のおたく差別だったのかも知れないと思ったりしたんですが・・・


25 : 名無しさん    2008/01/27(日) 19:08:43   ID:snswGglw 
1963年生まれ。現在44歳です。
「オタク」という概念及びその言葉での差別は受けたことはありませんが、同年生まれの吉田戦車氏が、「セイラさんが好きな吉田」みたいな言葉で高校時代にいじめられていたと言う話をエッセーで読んだことがあります。
「オタク」という言葉で括られることはなかったけれど、オタク差別的な土壌はあったように思います。


26 : nonbug    2008/01/27(日) 19:37:43   ID:0wsspci6 
そうそう。大泉様のところのブログでも疑問に思ったんですが、
今の若い子とかでもアニメやゲームオタクは差別されてると感じてるらしい。

でも僕なんか全然そういう感覚がないんですよ。
まあバカにされる対象ではあったけど、
それはハゲとかチビとかうんこたれとかとレベルは変わらないどころか、もっと弱い。
むしろサブカル的な、ずーっと小難しい小説読んでるやつの方が差別されてましたね。
でもそれは、本が悪いというよりはコミュニケーションがヘタだからにすぎない。

オタクが悪いんじゃなくて本人の問題だと思うけどな。趣味のせいにするなといいたい。


27 : 名無しさん    2008/01/27(日) 19:54:54   ID:Hr5np7rU 
40歳男です。
あったかないかというとアニメファン側から見てあったように感じられたとは思うんですが、それは多分に自意識過剰の被害妄想だったと思いますね、今思うと。
鉄道とか文型の他の趣味もそれなりにからかわれる対称だったと思いますよ。
アニメの場合は母体が大きくなったのでそういう意見が目立ってるだけではないでしょうか。


28 : 名無しさん    2008/01/27(日) 20:03:08   ID:1UY+jfcw 
オタクだから虐められると言うより、虐められるタイプが飛びついたのが
オタク文化だっただけではないでしょうか?

基本的に、子供の頃から親からの過保護や環境で周りとの関係を作れない
タイプの人が増え出した時期に、(個)で終結することのできるオタク文化が
文化として花開いたんだと考えています。
昔から一定数、上のタイプの人はいましたが、絶対数が少なく、オタク同士が
の連携が無かったために、文化として成立してなかっただけかと考えます
でなきゃ、ゴジラの超絶コレクターの方が、とんでもないコレクションを築く
なんて事は、ライバルが多ければ出来ない話ですし

竹熊さんは、行動出来るタイプでありながら、オタク文化へ没頭できたので
周りの現実社会と付き合いを保つことが出来たわけです。
んで、イマイチ差別感が感じられなかったんだと思います。

オタクは基本的に実社会と繋がる事柄については、やる前からバカらしいと
行動することを辞めてます。行動する前から拒絶してるので世界に対する態度
は、すでに大きな溝を作っている訳です。
そりゃ周りの社会と対立してしまってるのですから、排除されてしまいますよ
本人の思ってる方向とは別に、オタクと社会の溝がどんどん深くなり続けます。

オタク文化が成立しだしてから年月がたってますので、一概には言えませんが
こんな理由では無いでしょうか?


29 : 40代前半    2008/01/27(日) 20:28:19   ID:8EhV8kC2 
差別なんてものではなく
単にイジメの対象者に多数のオタクが含まれており
イジメの侮蔑語として「オタク」が用いられたイメージですね。

「ブス」「デブ」と同じ使い方ですね。
「オタク」が使われだしたあたりで「ネクラ」とか
「ガリベン」とか言われなくなったから
差別ではなく侮蔑語というのが正解なきがしますね。


30 : 名無しさん    2008/01/27(日) 20:30:23   ID:DIptdC5w 
1979年のガンダムのころよりは前になりますが
1977年のヤマトブームのころは
アニメファンというのは
かなり社交的で世話好きの人もおおく
ネットワークの広い人も多かったので
その後(1982年くらい以降?)広まった
「ネクラのアニメ好き」
というイメージとはちょっと離れていますね・・・。
(何せヤマトの再放送はアニメマニアがTV局や制作会社に交渉して始まったものだと言いますから・・・)

現在広まる「オタク」イメージは
1979年より数年下がったイデオン以降のアニメファンのイメージだと思います。

そういう意味では1979年の時点では集団に対する「差別」と言われるようなものは無かったと思います。
あったとしたら、その人個人の資質の問題でしょうね。


31 : 名無しさん    2008/01/27(日) 20:34:14   ID:ZS+mw+tg 
1962年生れ、東京郊外育ちです。
中学、高校時代(75〜80年)、ヤマト、999のポスターは教室に貼ってありましたし、
アニメはみんなで見るものでした。アニメファンというくくり自体がなかったはずです。
夕方、部活が終わるとみんなで見てましたね。
ガンダムは、私の場合、確か再放送(映画化前か?)で見ましたが、ここら辺から
知ってる人と知らない人が出てくるように思います。
ロボットものなんだけど、筋が普通のドラマのようで、道具立てもそこそこハードSFっ
ぽくて、視聴するのに言い訳が効く作品だと思っていました。

81年頃だったと記憶していますが、人をネアカ、ネクラに分類するのが、やたらはやり
ましたが、この流れがオタク差別(があったとして)につながっているのでは。


32 : 名無しさん    2008/01/27(日) 20:39:29   ID:DIptdC5w 
どうも皆の記憶の流れを見てきていると
「ネクラ」という言葉が「オタク」の母体になっているという
ことが明らかに・・・。

そう言えば最近は「オタク」という言葉は聞いても「ネクラ」なんて言葉は聞かないですね〜。


33 : ウンコブリブリ ◆ H7SSvHbT8Y    2008/01/27(日) 20:49:45   ID:v9DU9EvA 
自分はこの世代にはかぶらない(48年)アニメは見るけど
マニアにはなれない者ですが、
俺は宮崎事件の時のワイドショウのインタビューで
宮崎勤を知るアニメマニアの話として
『あいつはすぐ「お宅ぅ、ラムちゃんのセル画持ってるぅ?」とかすぐ聞いてきて、
仲間内では「オタク」って呼ばれてるんですよ。』
って感じのコメントをしていたのが、『オタク』と言う言葉を
聞いた初めてでしたね。
ちなみにあの当時、アニメマニア数人と会食して、
『俺たちにも宮崎みたいな要素があるかもしれない…。』
見たいな発言をさせた特集を夕方のニュースの特集で見たのが印象に残っています。

ところでこのスレで少し触れていた人もいましたが、
あの当時のアニメマニアの間で『オタク』という言葉が
どんな風に定義付けられていたか、誰か説明できる人はいませんか?


34 : 19です    2008/01/27(日) 20:50:25   ID:rZ2eGkcU 
そういえば宅八郎さんなどの出現とかはどうでしょうか?
イメージが先に作られていってるというなら、そういう方がテレビや
アニメ雑誌などに出てくるとか、そんなのでも刷り込みがあったり
するかもしれません。

それと外せないのが「OUT」それに付随しての「明るいイデオン」みたいな
ものだったりしませんか。
また宮崎アニメも一役買っているようにも思いますね。


35 : 漫棚通信    2008/01/27(日) 20:59:09   ID:a7mbI6Lk 
竹熊先生よりちょっと上の年代で地方在住です。
ヤマトはふつうにクラスの数人が
熱中して見てました。
わたしは冒険王買ってましたが、
さすがにそんなやつはいませんでしたが。
もちろん「燃えよドラゴン」は
クラスほぼ全員が見に行ったわけですから、
けたが違います。
宮崎事件のときはさすがに、
アレはお前の部屋かと思った、
とイヤミを言われましたが、
それ以前のわたしは、
単に変なヤツと思われていただけじゃ
なかったでしょうか。


36 : 1964年生まれです    2008/01/27(日) 20:59:29   ID:hIHt9c/c 
「ネクラ」差別はあったと思います。
マニアが半可通を見下して「オタク」と言ってたというのは耳新しい話です。
『ガンダム』でいうと、「セイラさんの入浴シーンで一斉にフラッシュ」みたいなエピソードがかなり侮蔑的に報道されていたことは記憶しています。
(そりゃファンの間でもひんしゅくではなかったかと思いますが。 笑)


37 : 名無しさん    2008/01/27(日) 21:16:53   ID:1UY+jfcw 
オタクと実社会が決定的に乖離しだした時期は、少年誌にロリコン漫画が堂々と
載りだした時期と重なってないですか?

80年代初頭ぐらいからロリコン雑誌が全盛になり、漫画もその影響で毛がなきゃ
OK的なエロの抜け道が一般紙の少年誌に移り、普通の社会に認識されだした頃
この頃、何となく危ない連中だなと疑われ出したと感じます

この雰囲気が生まれた頃、宮崎事件が起こり、一気にオタク=ヤバイの図式が認知され
竹熊さんが感じていた認識もここで生まれたと思います


38 : 名無しさん    2008/01/27(日) 21:19:48   ID:DIptdC5w 
>36

漫画ブリッコのコラムの中で
中森明夫がコミケに集まるマニアのことを「おたく」と名づけたことから由来する。
(友人同士でオタクと呼び合うことから)

しかし当時中森の主催していた「東京大人クラブ」もサブカルチャーの中の
ややアニメマニアよりの立ち位置を確保していて(おしゃれなサブカル君wかな?)
使用範囲の広くなった現在の「オタク」という言葉から見ると
(広げたのは岡田斗司夫であるが)十分五十歩百歩に思える。

宮台真司によると
中森明夫による「オタク差別記事」というのは
オタク内部による「階級闘争」であったとのこと。
オタク文化のリーダーである人々が
同じグループ内のフォロワーを攻撃することにより
自己を差異化するように意味づけた行動であったと推測している。


39 : 名無しさん    2008/01/27(日) 21:20:29   ID:PEuSkwwE 
1962年生まれ♂、地方出身者です。中学校時代、それまでのアニメと
「ヤマト」の違いを力説する仲間(複数)がいましたが、そのことで
いじめられていたということはなかったです。
「ガンダム体験」は高校時代、再放送からみました(一部でえらく
話題になってた)。でも、やっぱりそのことでイジメ、ということは
なかったように思います。
ご存じの方も多いのでしょうが、ネット上に中森氏の「おたく」関
連文章がアップされています。整理入力された方に感謝しつつ、この
機会に読ませていただきましたです(部分的には読んでましたが、
通読したのは初めて!)。ttp://www.burikko.net/index.html
「基本的に男の子を念頭におき、性的関心側面を重視した批判」なのだなぁ、
と感慨を新たにしました。「おたく内部での階級化」(中森氏に同意する反
響が多く寄せられたとの記述が大塚氏によりなされているとのこと)という
観点も紹介されており、いろいろと考えさせられて(苦笑)おります。


40 : gohshi    2008/01/27(日) 21:26:29   ID:fEeXq3N+ 
>>6の後藤寿庵さんや>>10の方と重なるんですけど、自分の周囲の記憶では80年代半ば頃
「オタク」を蔑称として使ってたのは、他でもないオタク達自身でした。
と言っても決して自嘲では無くて、>>10さんの体験と同様に「ファン」や「マニア」を
自認する者達が、今で言う「痛い」オタクを嘲笑するする言葉として使ってました。
そういう意味でしたから当時の「ファン」には自分達がオタクであるという自己規定は
無かったと思います。まあ今の基準だとオタク以外の何物でもないんですが。


41 : 1979年生まれです    2008/01/27(日) 21:27:07   ID:jYnp0N9Q 
対象外の世代なので恐縮ですが、
通史としてみると、「もしかしたら僕の興味の対象が謗られない時期もあっただろうか……」なんて想像してしまいまして、つい(笑
そこでふと思ったのですが、この“僕の興味の対象ならば”という哀しい期待(エリーティズム)にこそ、
オタク同士の差別化の原因があるのかもしれませんね。
たしかに、僕も下が欲しかった。
言い訳が許されるなら、それは疎外をする(弄る)側の捨て台詞のような正当化が鼻についたからかもしれません。
しかし、(同病のくせに)蹉跌にされる側は堪ったものではなかったでしょうね……


42 : 31    2008/01/27(日) 21:27:45   ID:ZS+mw+tg 
なんとなくクリスタルとか、POPEYEあたりの雑誌の「ネクラ」排除の空気の
煽りが激しかったような気がしますね。
若い男性にとって、「ネクラ」のレッテルを貼られることは死を意味しました。


43 : しかし    2008/01/27(日) 21:36:17   ID:DIptdC5w 
日本人が日本人論を好きなように
オタクはオタク論を語るのがホント好きなんですね〜。

そういった意味ではオタクは典型的な日本人なのかもしれません。


44 : 名無しさん    2008/01/27(日) 21:50:58   ID:NkCG7Lfo 
36才ですが。高校の時の漫研の男女は大多数の人に一線を画されてました。
言動とか、格好とか、近寄れない物がありました、、、
授業中も女の子の絵書いてぶつぶつ言ってたり、、あきらかにあぶない人が数人。

今の方がある意味’趣味人’として容認されてる気はするんですが。
(十代の間ではあいかわらず、’差別’されてると思いますが。おたくじゃなくても、ちょっと違う人はとにかく差別される
傾向はあると思います。)

わたしも差別とは、生まれで本人がどうしようもない事にたいする物だとは思ってますが、
ちょっとした差別(?)も日常会話では差別と軽く言ったりしますので。難しいですね。
考えてみると、ほかになんと言っていいのかわかりません。見下し?いじめ?


45 : Whiskey    2008/01/27(日) 22:10:03   ID:mZytNDvw 
たけくまさんが提示された年代ではありませんが、1969年(昭和44年)生まれで、関東地方北部の田舎町出身です。いわゆる最初の「ガンダム」本放送のときには小学校4年生、再放送でガンダムブームが起こった頃は5〜6年生ぐらいでした。

少なくとも個人の体験や実感としては、アニメファンということでいじめや差別があったとは感じませんでした。
もちろん性格が暗いとか、運動ができないとか、そういう理由でのいじめやからかいはあったと思いますが。
自分たちがみんな子どもだった当時に、「子ども向けアニメ」のことが好きだったといっても、別段いじめの対象にはならなかったかもしれません。当時、すでに高校生以上だった方がリアルタイムでガンダムに熱狂していたとしたら、事情は違うのかも知れません。

ほかの方もおっしゃっていますが、アニメでいうと、ガンダムより前に宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999のブームもあり、当時999に詳しかった男の子がクラスにいましたが、「大人びた趣味趣向を持っている人だなあ」と感じた覚えがあります。

あとこれも個人的な印象ですが、当時の僕の出身地では、自分が高校生ぐらい(1985〜87年)に「アニメファン」という人たちの明確に存在を感じるようになりました。押井守氏や映画『うる星やつら』について熱く語る独特の友達が何人かいました。
差別の対象にはなっていなかったように思います。


46 : たけくま ★    2008/01/27(日) 22:15:09   ID:??? 
たけくまです。このエントリをアップしてすぐ外出したので、
コメントスレッドを読んだのは夜9時半、ついさっきです。
コメントありがとうございます。
やはり俺の思ったように、俺と同世代の第一世代には
マンガアニメファン差別はなかった、という意見が多いようですね。
いたとしても「ネクラ差別」であったと。これは俺の印象と同じです。
俺の場合、のちにオタクと呼ばれる連中は、70年代中盤までは
クラスの主流だった層(ニューミュージックや洋楽を聴いたり、
スポーツに興じたりする層)からは、無視されていたというか、
特に問題にはされてなかったように思う。やはり「差別」は
なかったと思うんですよ。そもそも視界に入ってなかったというか。
ただ、それはそれでオタクはプライドが高いので、
「無視されていた」ことを「差別されていた」と思いこんでいた
人はいるのではないかと思います。でも、それはたぶんにオタクの
側の被害妄想的な側面があるのではないかと。
でも77年から80年くらいにかけての第一次アニメブームで、
オタクが目に見えて増えたことは確かで、でも主流派になるほど
増えたわけではなく、でも「目立った」ことでいじめられる事例が
出てきたのかなあ、という気はします。それでも宮崎事件以前は
牧歌的なものだったと思いますよ。
これは後日エントリ書こうと思っていますが、77年のアニメブーム
開始を境にしてそれまでの「サブカルチャー愛好家」から「アニメファン」
が分化していったあたりの事情に興味があります。
たとえば俺は70年代の「マニアックな好事家」というと
みうらじゅんを思い浮かべるんだけど、彼は「マニア」とは呼ばれても
「おたく」とはあまり呼ばれませんよね。でも彼のやっていることは、
80年代のオタクの原型を作っていたと思うんですよ。
ただ彼はマンガ家でもあるけど、アニメの要素がまったくない
(特撮は少しある)ので、オタクとは区別されたのではないかと。
このへんのあたり、今度書いてみたいと思います。


47 : 名無しさん    2008/01/27(日) 22:47:54   ID:+RCUi08c 
ありました、オタク差別。
ていうか、してました。ごめんなさい。
ファースト・ガンダムのブームが来た頃、同じクラスに一人だと静か
なのに仲間とツルむと妙にテンションが上がるタイプの女子達が
いましてね、ハッキリと口に出して莫迦にしたりからかったりは
しませんでしたが、男子達は全員その娘達の事を敬遠していました
ね、ええ。

それと、昭和62年(1987年)発行のとりみき著「愛のさかあがり・
天の巻」(角川書店)のP76に「オタク差別というのももう流行ら
なくなってしまった。」とあり、この事からも89年以前にもオタク
差別はあったのは確実かと。


48 : 39    2008/01/27(日) 23:21:38   ID:PEuSkwwE 
老婆心ながら。
「それでも宮崎事件以前は牧歌的なものだった」←これは若干留保が
必要かと。70年代末は「いじめ」が社会問題化しはじめた時期(←必
要なら出典資料を提示します)で、「いじめ自殺」などの報道も現れ
始めています。「理由」はささいなことでも「行為」が苛烈をきわめ
ていた、という可能性は排除できないように思います(それも含めて
「牧歌的」と称するのならば「ああそうですか」というだけですが)。


49 : MT    2008/01/27(日) 23:27:52   ID:IGkCdMNM 
日電・富士通・シャープがパソコン御三家と言われていた1986年ごろ、
OH!MZというパソコン誌ではじめてオタクという言葉を知りました。
1964年生まれの43才です。祝一平というライターがオタクの定義を書いていて、
ビデオデッキを二台以上持っている、コミケに行くと紙袋を両手に下げて帰る、
オタクと言われると否定する、などの特徴を挙げていたのが印象に残っています。
自分がオタクの道に踏み込んだのは、パソ通を始めた1991年ごろからですね。


50 : 草野    2008/01/27(日) 23:30:30   ID:ZoMhVx0g 
私は37ですが、
http://q.hatena.ne.jp/1191675098

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%B9
あたりにもありますが、「ヤングパラダイス」という
ラジオ番組で「オタク族の実態」という、オタク族を
面白可笑しく扱うようなコーナーがありました。
当時それを聞いてて今でも三宅裕司に大して良い
印象がないです。
http://earthtail.seesaa.net/article/17260433.html
にもありますが、今でいうアニラジ番組との間での
やりとりも記憶に残ってます。


51 : たけべ    2008/01/28(月) 00:43:05   ID:xJ3ho62E 
アニメックで読んだ記憶があるんですが、ゼネプロの書いた記事だったかな、
「USA for AFRICA」のパロディっぽくおたく救済を呼びかける冗談記事がありまして、
アニメファンによる「ちょっと気分の悪い」おたく差別みたいな感じになってました。
運動不足とコミュニケーション不足により退行して、ほぼ人語を解さなくなってるとか、
おたく同士でしか結婚できないため、おたくの子供しか生まれてこないとか、
コミケが近づくと身体に婚姻色が浮き出るとか。ここんとこだけちょっと笑いましたが。
「オタク遺伝子」とまで言っていたかどうかは思い出せず。
みんだ☆なおが絵を描いているのですが、同誌の他の連載でも類似ネタを描いていたので
記憶がごっちゃになっているかも知れません。
「USA for AFRICA」が1985年、アニメック休刊が1987年だそうですから、
その間の話です。


52 : 42歳です    2008/01/28(月) 02:31:58   ID:PJfwCBjI 
当時、高校生だった親戚と「さらば宇宙戦艦ヤマト」
を見に行った。親戚、終盤で号泣。
子供ながら、「うっわ。まんが見て泣いてる(笑)」
と思いました。

やはり当時は「アニメは子供が見るもの」
(アニメ="まんが"と言われてた時代)
と誰もが思っていた。

背伸びをしたがる年頃でもあるので、ガンダムガンダムと
騒いでいたグループはそれだけで嘲笑されていましたね。
ただ、マクロスとかロリコンマンガが出てくる頃、嘲笑
の質がそれまでとは変わった気がします。


53 : 後藤寿庵    2008/01/28(月) 02:55:35   ID:osw/nyrw 
背伸びの感覚はわかりますね。
なのに自分はアニメを見てる。で理論武装に走るわけです。
ヤマトはこれまでのアニメとは違う、巨大ロボットでてこないし。
ガンダムはこれまでのロボットアニメとは違う、宇宙人出てこないし。
自分は動画の研究をしてるんだ。サンリオのアニメはフルアニメーションで
すごい、日本もここまで来たか、ただ、脚本がだめだね。
みたいに。

今の視点で見ると、これこそオタク的ですよねww


54 : 44    2008/01/28(月) 02:58:26   ID:fFo7Q6Es 
また、考えてしまいましたが、
おたくが差別されてたかというと、やはりおたく側からの視点な気がします。

というのも、

おたくとカテゴリーされる人の中に、わりと
コミュニケーション能力が低い方が実際多いと思います。
そして、逆に排他的。

あとは、私的にはロリコン系はどうしても理解したくありません。

会話が成立しないので、結果的に避ける事に。
あとは、おたくだろうが、なかろうが、不潔な方はやっぱり普通に近づくには
抵抗があります。

コミュニケーション能力の高いおたくの人は面白いですし。(自分の事を客観視できて、立ち場所を知っていて
ちゃんと他人の話しも聞ける。)
普通にギャル、OLには受けないと思いますが、それなりに人気ではないですか?

おたくというより、おたくというカテゴリーに取り込まれてる人の
多くに共通する性質が、普通に近づきにくいってのが本音です。
差別なのかなー。

10代の間でのばかに仕合はアニメだけじゃなく、なんでもいいんですよ、理由があれば。と思います。


55 : 名無しさん    2008/01/28(月) 04:31:30   ID:NRGIm2WI 
62年生まれで横浜育ちのものです、差別はありませでしたが区別はあったように思います。

当時はマニアックな人のなかには不潔で気味の悪いディスコミュニケーションな人たちが
わりと多くおり、私自身、吾妻ひでおと少女漫画とSFが大好きな、今なら充分オタクのひとり
に含まれると認めますが(笑)当時は向こうの人と思われるのがいやで、学校では自分の嗜好は
カミングアウトせず、その他大勢と一緒に彼らを揶揄する側に立っていました。

ただし、当時はそれを理由にいじめが始まるといった差別はありませんでした、
みんなそれなりに結構自分のことに忙しかったので。

忙しかったとおもいます。


56 : 名無しさん    2008/01/28(月) 04:32:03   ID:YW9+HiRU 
アニメ好きがリアルに嫌われ出したのは、個人的にはエロの要素が含まれ
出してからのような気がします。

くりいむなんたらとか、ペンギンかんたらとか・・・。

要は、
「現実の女性に相手にされない暗いヤツが
アニメの幼女や人形、エロゲーの登場人物に欲情してる」
ってところで、
「キモーイ」「クラーイ」「サイアクー」
となっていったように思います。

とすれば、やはり宮崎事件以降と見るべきではないでしょうか?

コミュニケーション不全のもてないヤツの現実逃避、としてアニメや
マンガがとらえられるようになる、
これこそが差別のはじまりではないかと思います。

ヤマトやガンダムの知識をひけらかしたところで、
変わってるな〜で終わるわけで、嫌ったりはあまりしない。
嫌われる、というのはそのあたりにあるんではないでしょうか?


57 : gohshi    2008/01/28(月) 05:12:20   ID:yGBXtDsw 
>>51たけべさん、それアニメックじゃなくてOUTじゃないですか?
自分の記憶だとみんだ☆なおがアニメックで描いた事はなかったような…。
アニメックのゼネプロ講座はどっちかというとSFファンやDAICONスタッフの自虐ネタが主で、
アニメファンをイジるネタはあまりなかった気がします。そういう記事はむしろOUTがよく
やってたんじゃないかな。

書いてて思い出したんですが、80年代半ば頃はSFファン・特撮ファン・アニメファンは一応
それぞれ別個のカテゴリーで(実際には重なり合ってたのだけども)、それらを包括する概念
を表わす言葉はまだ無かったと思います。「オタク」という言葉がそういう意味で使われだす
のは80年代後半あたりからじゃなかったかな。


58 : ミツヘンひじきごはん    2008/01/28(月) 05:18:41   ID:7OPxMSgY 
すっ

スゲー 

>ALL
R2さんの「暗い根っこの会」ってちゃんと会員制度ありましたっけ?自覚のみでしたでしょうか。
タモさんが「ネクラ」「ネアカ」をマル金マルビ(渡辺さん)ばりに二分類してましたね。あの頃
「ギョーカイ」では二分法による二項対立で若者世代に緊張感を投擲するのが常道でした。

たけくまメモでの「宮崎勤さんエントリ」(本当は崎の字は大の部分が立が正しい・ある種の人々に
とってそれは重大事であるまする)がきっかけで俺の驚天動地人生にまたもや端緒が与えられた
のすが

真理 遺骨 焼 証明 鑑定

という今野真理ちゃんの遺骨ダンボールに同梱されていた暗号文を解くと

ま さん や あかし ・かがみなので逆に読め

となることをここにも記しておきまする。遺骨から散骨へのワンステップがあるのは、勤さんの
情けだと考えてまする。情け、まったく効いてませんけどね現状。


59 : gohshi    2008/01/28(月) 05:43:16   ID:yGBXtDsw 
自己フォロー。
すいません、みんだ☆なお描いてました、アニメックにも。
いい加減な記憶で書き飛ばす前にググれって事ですね。申し訳ない。


60 : ミツヘンひじきごはん    2008/01/28(月) 05:48:02   ID:7OPxMSgY 


「ぼくは」
「天皇陛下だ!」の話と
「おさななじみと引き裂かれる皇子の話」

が俺大好きなのすけども
あの発想がいずこから舞い降りたか教えていただきたくもあり。
>寿庵先生


61 : ミツヘンひじきごはん    2008/01/28(月) 05:55:19   ID:7OPxMSgY 
みんだ先生は「おちぶれた翼(キャプ」の話をJリーグ成立以前に描かれてて

「(モゴモゴモゴ)」と思いましたる。

もっもっちろん俺みんだ先生だいつきですよぅ

ただ、おたくの目線というものを俺含め端的にはしなくも開陳しちゃったエピダナコレとも。


62 : ミツヘンひじきごはん    2008/01/28(月) 05:57:59   ID:7OPxMSgY 
確かエイプハンターJ(電脳学園4)ってみんだ先生音頭とりでしたよね。あれはいいゲーム。

63 : ミツヘンひじきごはん    2008/01/28(月) 06:05:54   ID:7OPxMSgY 
おたくが嘲笑するよりも越えて世界は善的に展開しうるというのがおたくの予想外であって

女子しょくんはおたくを軽蔑しながら女衒的存在にはケツおふるという馬鹿げた構図があって

となればマヅAV視るのはやめんべというのがおれなりの結論である。


64 : R    2008/01/28(月) 06:29:50   ID:nI7qBrL+ 
1961年東京生まれの女子です。
会社に入った頃(1983年頃)に初めてアニメオタクの同い年の男子に
出会ってものすごく驚いて、皆で「そのガキのような性癖は直した方がいい!」と
お節介にも説教していた記憶があります。

思うに、それまでの若者は前の世代や欧米のカルチャーや流行に
必死になって追いつこうとして背伸びするのが普通でした。
J-popもなかったし洋楽を聞いたりIVYを勉強したり、いかに
年上のものを人より先に摂取するかを背伸びしていて、それがカッコイイ
とされていたのに、彼の趣味は「身の丈過ぎていてがんばってない、
子供じみててくだらない」という評価を受けていた気がします。
コミュニケーション不全の問題もありましたが、
え?上を見ないの?それでいいわけ?という、肩すかしのような思いで
彼の「ぶっちゃけ」感に対する嫌悪があったのは事実です。

まだ建前と本音という区分けがあった時代だったんですね。


65 : ミツヘンひじきごはん    2008/01/28(月) 06:34:19   ID:7OPxMSgY 
本音という言葉では

「えーぶいみたかったり売春してみたかったり不倫以下略」
が本音なのか
「ふくふくふーにゃんな恋に墜ちてずっとふたりでふくふくふーにゃん」
がそうなのかを分類できませんから。


66 : ミツヘンひじきごはん    2008/01/28(月) 06:39:08   ID:7OPxMSgY 


「明石家さんま的世界・世間」が前者なのは言うまでもありますん


67 : 名無しさん    2008/01/28(月) 06:50:14   ID:7OPxMSgY 
嗚呼

たけくまさんそげなご質問だったのすね ギコナビだと(略)なもので…

俺82年に既にヘンな眼で視られてました。「暗い三連星」の仲間ふたりと供に。

はじめて「おたく」と呼ばれたのは85年であるまる。口にしたのは同じ
佐藤姓の…光俊、でよかったかな。俊幸だったかな。なとこであるまる。


68 : 名無しさん    2008/01/28(月) 07:12:01   ID:7OPxMSgY 
嗚呼

俺は質問されてなかったのすね ギコナビは…この際には関係ナイカ。


69 : 中村情苦 ◆ oYKMdRT8Rs    2008/01/28(月) 08:20:35   ID:B5DD5Lzs 
オタク差別・・・難しいですね(汗
イジめられた側は自分がオタクかどうか/どこが嫌われたかを
考えればいいけれど、イジメる側からしたらそれこそ理由なんて
なんでもよかったでしょうし。

ただオタクの絶対人数が増えたから、ハブられる目にあう運の悪い
人がオタク層と重なることが多くなった・・・ということは考えられると思います。


70 : Hi    2008/01/28(月) 08:47:38   ID:ASwiSy4Q 
オタクという言葉はまだなかったけど実感したのはヤマトからかな
それまではまんがが好きとかアニメも見るとかはしてたけど
それが趣味というカテゴリづけされるほどのモノとして世間も認めてなかったから
趣味は別にあって(もしくは無趣味)時間つぶしとしてのまんがとアニメがある
でもそれにかける時間は膨大ってかんじ
でもヤマトがでてきて 劇場公開に徹夜組が大勢でて
世間からは奇異な目でみられながらも
自分と同じ趣向をもった人間が大勢いるんだという実感がわいて
これは趣味のカテゴリづけできるものなんだと思った
この時点ですでにバカな若者というイメージで世間からの風当たりは強かったと思う
オタクって言葉が広まったのは宮崎事件からだろうけど
一番の功労者?はきもいステレオタイプのイメージづけした宅八郎じゃないの


71 : Hi    2008/01/28(月) 09:41:26   ID:ASwiSy4Q 
ヤマトガンダム時代に小学生だったという人が
差別なかったというのは正確さにかけるんじゃないかな
年をとれば中学生にもなって 高校生にもなって 
大学生にもなって 大人にもなって という言葉で
世間の風当たりはどんどん強くなっていったと思います
当時はオタクなんてカテゴリがなかったですから
アニメや漫画は子供のもの 
いい大人が見ていれば頭がおかしいとまで言われる時代でしたから
私はヤマトガンダム時代 すでに大学でしたが
中学くらいまでは女子と少女まんがの話題でもりあがったりしてましたが
それ以降はそういう話題をおおっぴらに話すのは世間知らずとか ガキとか
それこそネクラとか 本当に人間あつかいされませんから
マンガアニメが好きというのは隠しておくのが当然の時代でしたね。
キャラクターグッズを買うときも
知り合いの子供にプレゼントを買うというような
フリをしなければならない時代でした


72 : 名無しさん    2008/01/28(月) 09:47:40   ID:19JMYM+s 
昭和41年生まれです。
ヤマト・ガンダム系のファンは別に差別されていなかったと思いますが、
いわゆる美少女漫画系のファンは80年代前半にはロリコン・二次元コンプレックスなどと呼ばれ
差別されていたように思います。(二次元コンプレックスという言葉は当時すでにあったと記憶しています)
差別といっても陰湿なものではなく、例えば好きな女性のタイプなどの話しになった時に
「お前は漫画の女でいいんだろ」といわれるなどどちらかといえば侮蔑の対象のような感じで・・・


73 : Hi    2008/01/28(月) 09:56:10   ID:ASwiSy4Q 
連投すみません

差別っていうけど 
たしかに差別的な目で(とくに女性からは)見られるかもしれないけど
でも被害妄想的な部分もあるとおもいます
だって 大人になってもオタクを表にだして
どうどうと趣味をかたれる時代ですから
ヤマトガンダムブーム以前は上にも書いたけどそういう趣味カテゴリがなかった
個々のマニアは地下にもぐって
表向きは別の趣味を持つ一般人を装わなければ
気●がいとまで言われる時代でしたからね
今とは差別の種類が全然違う
少々変な目で見られても、
それなりにオタクが市民権を得ている今の時代は恵まれていると思います


74 : Hi    2008/01/28(月) 10:18:01   ID:ASwiSy4Q 
>72
そういえばオタクのキーワードの中の一つにロリコンってのがありましたね。
私にとってロリコンって2次元だけのものじゃないので今の2次元限定ロリコンって抵抗ありますね。
2次元ロリコンキーワードがオタクに組み込まれたのはだいぶ後じゃないかな
ヤマトガンダムが登場したころにはまだロリコンは別カテゴリで3次元限定だったです。
ナボコフの小説やデビットハミルトンが撮影した写真集に胸ときめかせた
古きよきロリコン時代でした。
ただし漫画アニメオタクに当時の3次元ロリコン趣向は好まれる傾向にあり
宮崎事件も現実の3次元幼女が対象になってましたよね。


75 : たけくま先生と同年代    2008/01/28(月) 11:46:28   ID:T8botkEs 
私が美大の学生だった頃、まわりにはある分野にとても詳しい男子がいっぱいいました。
ガンダムも観るべきアニメとしておしえてもらいました。
まだオタクという言葉はなかったですね。
シャイで頑固そして開き直る時点でオタクが出現したと思います。


76 : 名無しさん    2008/01/28(月) 11:49:17   ID:qr0Bi9D2 
1970年生まれで、東京で青春時代はすごしましたが、
オタクというか、アニメファン差別はありました。
ガンダムを見て語るのはすでに「あぶない、暗いやつ」だったかな。
小学生だったんですが、なるたけ自分の趣味を人に話さない癖がついたのはこのころかな。
アニメが好き、って話すだけで、なにか嫌な生き物を見る目で見られて辛かった。

住んでいる地域、ってのも一つのポイントではないかと思います。


77 : shunichiro0083    2008/01/28(月) 11:59:27   ID:Q8PwHsAc 
僕は69年生まれですが早生まれなので、ガンダムの本放送の頃は伊豆半島に住んでいた小学五年生でした。
オタク差別というか、オタクということばをはじめて知ったのは「OUT」の人生相談コーナー「AOI私を責めないで!」でした。
そこではオタクと同じ文脈で「ピー」とも呼ばれる、コミュニケーション不全の失礼なアニメファンがいるとされていて、
そういう人間は同じアニメファンの中でもつま弾きにされるから気をつけよう−といった内容があったと記憶しています。

なので、僕の中のオタク差別というのは「アニメファンとそうでない人々」ではなく、
「アニメファンという囲いの中での問題」であったと今でも信じています。
これが1984年から85年にかけての連載記事での話題ですから、取り敢えずこの段階では「オタク」という言葉はまだ市民権を得ておらず、
あくまでもアニメファン内部での内ゲバのようなものだったのではないかと思います(この記事が正しかったとすれば、ですが)。
しかしながら同時に、同誌での記事などには普通の人々と接する時には自分の趣味を公にするのは良くない、と言った文言もありました。
そうして考えるなら、この時期に広くあったのはオタク差別ではなく『いい歳してアニメとか漫画なんか読んでるのは幼稚な人』という世間の目を憚る
ということではなかったでしょうか。
無論、それが激化すれば言われなき虐めや差別に繋がっていたこともあったでしょう。
事実、自分は高校生の時は漫研に所属していましたが、悪っぽい生徒からからかわれていたということもありましたし。

とまれ、「宮崎事件」から後のオタク蔑視と、それ以前の問題とは一線を画しているのではないかと思います。


78 : AZ    2008/01/28(月) 12:05:55   ID:0DFutiLo 
79年当時は中学生でした。
アニメファンなのを隠してませんでしたし、
休み時間に漫画描いたりもしてましたが
クラスの人間とも普通に交遊してました。

ただし、アニメファンであることそのものを、
攻撃材料と考えて突っかかってきた人間は幾人かいました。
「中学にもなってアニメ見てる人間はおかしい」
「ネクラ」
のような内容の事を言われた記憶があります。


79 : Tattaka    2008/01/28(月) 12:26:16   ID:nmmDqvTs 
自分は64年生で、多摩美に一浪で入りましたが、記憶では一年から二年にかけていわゆるアニメ好きを「アニメック」と大多数の一般人は呼んでおり、自分もその中にいました。それを差別と呼ぶことはできるかもしれません。確か84〜85年です。
その後、「オタク」という言葉が流通するようになり、アニメ研究会の子たちが実際に互いをオタクと呼んでいてびっくりした覚えがあります。
中森明夫などが言うように当時は新人類対オタクという図式は確かにあり、自分がオタクと同一視されることを見かけ上の差異のあまりない美大生などは非常に神経質に畏れていました。反面個別のレベルでは、何かオタクに対するコンプレックスのようなものもあり、それが後にオタクサブカル論争みたいな形で呼ばれるひな形になったのではないかとは思います。いずれにしても本質的な差別意識はないものの、理解不可能なものとしてのオタクを畏れる気持ちは一般にあり、同時にどこかでそれを認めなくてはいえkない心性もありましたが、少なくとも当時の美大受験の教育ではアニメ絵はいけない絵とされており、そうした意味でアカデミズムがオタクを排除していたきらいもあると思います。


80 : Tattaka    2008/01/28(月) 12:30:59   ID:nmmDqvTs 
誤字の訂正と補足です
誤)いえkない→正)いけない
補足:自分の高校生の時、クラスの全員はガンダムを観ていました(都立)。なので、アニメに対する理解は一般化はしてましたし、自分もアニメージュを読んでいましたから、やはりアニメを観る中でのオタク/サブカル的な図式の雛形だった気はします。大槻ケンジの言う「オタクになれないコンプレックス」(正確ではないですが)という謂いは割と言い当ててる気はします。


81 :    2008/01/28(月) 12:32:25   ID:0v3gQvPU 
「好きになったメモ」2008年1月18日
ギニーピッグ4 ピーターの悪魔の女医さん」宮崎勤の部屋にあったビデオ
ttp://hisamichi58.blogspot.com/2008/01/4.html


82 : Hi    2008/01/28(月) 12:33:46   ID:ASwiSy4Q 
宮崎事件ってのはきっかけであってオタク差別とは別ものだと思う。
ああいったショッキングな事件はたしかにいつまでも記憶に残るけど
一過性のものであって一般人の間ではじょじょに忘れられていく。
宮崎事件まだ記憶さめやらぬ時期に
宅八郎がオタクというのはこういうスタイルだと定着させた事だと思う
当時は毎日のようにどこかのTV番組でキモオタスタイルの
オタク代表者だと自己宣伝する宅八郎が
お茶の間に侵入してくる
そこでの宅八郎はキモく電波な発言をしまくり
ほかのゲストたちにバカにされる存在。
一般人はこれを毎日見続けてオタクはこういうヤツらなんだと思うようになった。
いわゆるオタク蔑視ってのはここから始まったんだと思う。
電車男でTV版は今時のオタクファッションだったのに対して
映画版はステレオタイプな古くさいオタクイメージを持ち込んでた
いまだにオタクはこういう存在なんだと思ってる一般人は多い。


83 : KA    2008/01/28(月) 12:40:14   ID:fGQ4jAZk 
70年生れです。

>>77
月刊OUT!懐かしい……。
私も言葉「おたく」を知ったのはあの雑誌でした。

差別についての記憶も大体同じで、
宮崎事件以前の「おたく」はアニメ含めたサブカル世界での内ゲバ用語で、
宮崎事件の時の「おたく」はアニメ&マンガ趣味自体を“犯罪的”と見なす完全な差別用法だと感じます。

それらとは別に、
80年代というのは趣味を「モテる/モテない」で分類するような事が始まった時代でもありますから
中高生になってアニメ好きという事をネガティブに(ダサイと)捉えられた経験があれば
それが差別の記憶となって残る人も居ると思います。

ゆえに東氏が言う「差別」はそうしたケースも含んでの発言である気がします。


84 : Hi    2008/01/28(月) 13:11:08   ID:ASwiSy4Q 
昭和33年生まれの私は 上で書いたがヤマトガンダムが登場した当時大学生
しかし芸大(大阪)だったので 一般常識人は逆に卑下の対象?
真面目はけいえんされ バカをやるのがもてはやされた。
私は映画CFを専攻してたが、同じ学科にはアニメを専攻してる仲間を多くいた。
サブカルチャーとしてのアニメ-漫画はバカやるやつらに支持され
アウシタン信者もそうとういた。
だからオタクのようなこだわりや一生懸命になることを持っているのはカッコイイことだと感じてた
特に恋愛に支障がでるようなことはなかった。
というか中学高校でもアニメや漫画が好きで女の子に避けられることもなかった。
逆に少女マンガネタで女の子ウケを狙うとかできたし。
内向的(ひきこもり系)オタク と 外交的オタクとでは
事情がずいぶん違うんじゃないかな。
いまでは普通の一般人の若い人とでも
ガンダムねたでもりあがったりできるし
アニメや漫画がオタクだけのものじゃない普通のものになってきてると思う
だから差別と感じる人は、オタクじゃなくても
周囲にとけ込めなくて差別されてると感じるんじゃないかな。


85 : 自称現役    2008/01/28(月) 13:16:44   ID:qQoVZplE 
63年生まれです。79年ごろは工業高校(デザイン科)に通ってた時期です。
漫画やアニメに興味を持っていても科内はもちろん他の科の人間からそれが理
由で差別されたことはありません。
ブームは上り坂であり、10代の趣味として別段奇異に取られるものではなか
ったと思います。社会人になっても同様の差別は経験していません。
環境や周囲の人間関係等の塩梅で、たまたま経験していないだけかもしれませ
んが。


86 : ピンクサーモン    2008/01/28(月) 13:48:48   ID:vFmEwrsI 
68年生まれ。
ヤマト最初のブームの頃:年の離れたいとこがハマっていたが、周囲はブームとして許容していたような気がする。
ガンダムブーム:もっぱらガンプラに燃えていて周囲の反応は気にならず。不明。
高校時代(リアルロボットアニメブーム):マン研に入ったが、周囲からはネクラ・軟弱者であるという認識はあったように思う。
”オタク”という言葉以前に”ネクラ”という言葉が成立していた。
ネガティブなイメージはそちらのウェイトが大きいような。


87 : 1026    2008/01/28(月) 14:02:33   ID:vMjikacc 
東浩紀氏と同じ1971年生まれ。第二世代です。

確かに当時「おたく」という存在は世間一般に認知されてなかったと思います。
そこであった差別の実態についての仮説をちょっと書かせて頂きます。

中森明夫のいう「おたく」は「痛いアニメファン」というニュアンスだと思うのですが、
当時アニメファン達がこの言葉に飛びついたのは自分たちの周囲で「痛いアニメファン」が存在していたからではないでしょうか。
そして、「おたく」という言葉は「自分はそんな痛いヤツとは違う」と周囲に宣言するかのようにオタク差別をしていたように思います。
(激しく「おたくバッシング」をする人にはおたくに片足突っ込んでいた人が多いのと同じ構造)
でも、端から見れば「痛いアニメファン」も「ただのアニメファン」も大差が無い訳で彼等も、より外側の存在(サブカルとか)から「おたく」と揶揄されると。

痛いアニメファン<アニメファン<サブカル

という感じに階層的に差別があった気がします。
だから、自分がどんな立場で差別した人がどんな立場だったか、
その状況に対する理解次第で「世間に差別された」とも「おたく同士の差別だった」とも受け取れるのではないでしょうか?


88 : 名無しさん    2008/01/28(月) 14:05:05   ID:se6qCHy+ 
1965年生まれです。
ガンダムの頃は中2でした。
その頃はアニメファン差別はなかったですね〜。
その頃の年代ってウルトラマンが視聴率30%以上だし、マシンガーzとかゲッターロボやゴレンジャーなど、ほぼ全ての子供がアニメや特撮みて育った時代ですから。
さすがに中学同級生で、まだアニメをみているという人は少なかったですが。

>もうすぐ45で、TVアニメの歴史と同い年です。「ヤマトは見てたけどクラス
メイトは誰も見てなかった」をリアルに体験してます。

ヤマト本放送は、裏でドリフターズがやってたりして、視聴率的には散々だったのではなかったかしら。
たしかヤマトブーム大爆発したのはその2〜3年後再放送からだったと思います。
ガンダムもその口だったかな。
本放送の頃はクラスで誰もみてる友達いなかった…。

ただガンダムから3〜4年後の高校生の頃に、ツッパリブームがおこったり、ネクラやロリコンという言葉がはやるなどしてから、いじめターゲットが徐々にアニメファンに向かうようになったんじゃないかなと記憶してます。
それでトドメは連続幼女殺人事件じゃなかったんではないかしら。

私も、差別がはじまったのはオタクやアニメファンという概念より、ネクラという言葉が流行り出してからと記憶してます。


89 : えすぱ    2008/01/28(月) 14:24:33   ID:I4XKoFZM 
51歳、第1世代です。
第一回コミケにも出展してます(笑

東京六大学の漫研・SF研にいましたが、マニア度はSF研のほうがかなり高かったですね。

ガンダム初放映時にはすでに社会人でした。
社内にアニメ好きが一人だけいて、“ニュータイプ”の意味とかを話し合ってました。
その相手も含めて、他の社員からは「アニメ好きとは変わってる」と思われていただけで、特に差別は受けなかったですね。

SFマニアの方が、被差別意識(というか優等意識)が高かったかなと。
吾妻ひでおの「不条理日記」でも、本屋の地下レジでSFの烙印を押される話もありますしね。
やはりこういう意味の「差別」の起こりは、自分が変わっていて普通ではないんじゃないか、という意識が作り出しているんじゃないでしょうか。

ということで私も、
ガンダム初回放映時には、差別は無かったと思います。
差別されるだけの「実数」というか目に見えるカタマリが無かったんじゃないかな。


90 : Hi    2008/01/28(月) 14:35:18   ID:ASwiSy4Q 
>89
今年50の私 
同感です。
たしかに私ももとは中学時代にSFマガジンを読み始めて(平行して少女漫画読みあさり)
アニメに本格的に熱中しはじめたのは大学はいってからです。
SFからアニメ-漫画オタクへ流れた人多いんじゃないかな


91 : 1026    2008/01/28(月) 14:41:29   ID:vMjikacc 
機動戦士ガンダム めぐりあい宇宙 のパンフレットに社会現象になったガンダムの紹介記事が載っているのですが、
その中にブームに乗ってきた人達とアニメファンの齟齬らしきものが伺える記事がありました。

ファンがやっていたガンダムのラジオ番組があったらしいのですが、その内容がネクラなので、もっとネアカにしろ!と言われていたいうものです。
差別まではいかないけど、その先駆けかもしれない事例のひとつとして。


92 : 名無しさん    2008/01/28(月) 14:44:20   ID:dKTmmZ82 
社会がオタクを認知する以前のオタクは、格好良くなろうとしていた気がします
本人の目指す方向と、周りからの目線のギャップは大きかったですが

痩せてて長髪、油っぽい頭にバンダナで、アニメや得意分野の知識を熱く語る
ショップや漫画研部室にたむろしていて、その中ではちょっと偉い感じ

この知識量や妙なうんちくが仲間内では格好良くうつっていたんですが、仲間内から
一歩出ると、変な壁を作っていましたよね
冷やかし半分で近づいてくる相手には、小馬鹿にしたような態度とってました

初期のオタク文化の中心がこんな感じの方々によって形作られたので、世間様から
疎まれる事になったのかなぁって気もします


93 : 名無しさん    2008/01/28(月) 14:45:17   ID:0v3gQvPU 
なにげに年齢アンケートになってるスレ

94 : 92    2008/01/28(月) 14:53:04   ID:dKTmmZ82 
今思い出したんですが、自分の感じていたオタクのモデルは、たがみよしひさ
のキャラを意識してた気がします

80年代の頃、まだ個別のアニメだけのキャラを追う人は少なかったかと
その頃、漫画の中から一般の人からも格好いいと言われそうなキャラとして
選んでいた気がします。
まぁ、実際は格好良くなかったんですが・・・

何だかんだ良いながらも、まだ世間様の目を気にしてた時期があったと思います


95 : Hi    2008/01/28(月) 15:06:24   ID:ASwiSy4Q 
>92
冷やかし半分で近づいてくる相手には、小馬鹿にしたような態度とってました
初期のオタク文化の中心がこんな感じの方々によって形作られたので、世間様から
疎まれる事になったのかなぁって気もします

私よりもうすこし後の事かな〜
私の時代だととにかくまず同類仲間がいない。
だから普段は一般人を装う。
ひやかし半分だろうと 語り合えるなら来るものこばまず
ってかんじで仲間作ってたから


96 : Hi    2008/01/28(月) 15:09:49   ID:ASwiSy4Q 
>93

その時代をどの年代層としてすごしたかで
ずいぶん感じ方が違いますよね


97 : OZI~    2008/01/28(月) 15:14:23   ID:VBfT4kVs 
竹熊先生、Hiさん、えすぱさんとほぼ同世代です。
ということは第一世代でしょうか。

竹熊先生の今回の疑問にはまったく同じような感想を持ちました。
趣味嗜好を基準とした括りとしての「おたく」を、そのことを理由として差別するほど、社会や集団の中にその存在感はなかったと記憶しています。


98 : OZI~    2008/01/28(月) 15:21:18   ID:VBfT4kVs 
上記97補足。
もちろんアニメ好きやマンガ好きな人の中には個人としていじめやからかいの対象となった人もいたように記憶していますが、これも何度も書かれているようにあくまでも個人の資質の問題だったように思います。


99 : Hi    2008/01/28(月) 16:40:14   ID:ASwiSy4Q 
元記事のオタク遺伝子について書いてる人がいみたいないので

おたく遺伝ってほどのものではないだろうけど
好み趣向ってのは遺伝するかも。
でも家庭環境による影響のほうが大きいだろうけど。

私の場合記憶に一番古いTVは実写版アトムから
おやじは表にはださなかったけど
やっぱりそういうのが好きだったと思う
タイムトンネルとか宇宙家族ロビンソン スタートレックとかも
おやじと一緒にみはじめたし
マジンガーZの本放送1話もおやじが今日はこれを見ると言って一緒にみた
大学時代は大阪に下宿してたが実家に帰ったとき
おやじはヤマトにはまったらしく 松本零士ファンになったようで
グレンダイザーを見る為に時間を合わせて会社を帰ってくオヤジにおどろいた。

うちの奥さんも初期コミケに参加してた人。
でも過去のオタク活動はダークな記憶として封印してる。
私の息子もオタク道をばく進中、
中学時代にエロゲーやりたくて(当時の息子のPCはMac)
お年玉ためてWinPC買ってネトゲ廃人になってた
少し前まではパソコン系の専門学校行ってたが、いまはパティシエ目指して修行中。
オタクとは別のもう一つのお菓子づくりの趣味を仕事にすることに決めたらしい。
娘はいちおう普通(ジャニオタだけど)今年高校卒業
でもコナンだけは好きで毎年劇場版を見に行く
一緒にコナン見に行くような友達がいないという理由で、
いつもうちの奥さんとでかけてる。
うちの家庭は3TBの鯖にアニメ録画詰め込んで各部屋にLANを敷いてある環境
さいきんの深夜アニメもほとんどチェックしてる。
家族全員(子供は小学生のころから)自分専用PCを持ってるので好きなときに見られる。
こういう環境で育てば遺伝子関係なくオタクに染まってくよね
だからうちは3世代オタク

親の影響でオタクに染まるケースが増えて
オタクってカテゴリの本質も変わっていくかも


100 : つん    2008/01/28(月) 17:22:29   ID:SAcWKSXM 
時代的に中森発言直後あたりに思えるのですが、雑誌「ビックリハウス」で
その中森明夫が指摘したアニメファンの特徴をいちいちイラスト化した「これが
アニメファンだ!」という小さな記事を見た記憶があります。

イラストの人物からは吹き出しが出ていて「おたくさー」と書いてありました。
同時期にみうらじゅんの連載でも、小太りな男がメガネをずり上げながら「おたくさー」
と話している「かっこいいアニメファン」というイラストを見た記憶があり、
おそらくその界隈の人たちの間ではアニメファンが旬な笑いのネタ
になっていたんではないかと思われます。「こういうのいるよね?」「いるいる!」みたいな。

そのころ私はモテたい盛りの思春期バリバリ中学生日記でしたが、
アニメに対して特別な感情も無くごくごくふつうに観ていました。
しかしそれを境に「そうか、アニメに夢中になると笑われるのか…」と完全に
ビビってしまい、興味のすべて西武セゾン系カルチャー方面に振り向けるように
なりました。

つくづく残念なのはそうやって意識してアニメ断ちをしたにもかかわらず
べつにモテるようにはならなかった、ということです。






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