■掲示板に戻る■ 新着レス表示 全部 最新50 RSS [  1- 101- ]
板のトップ リロード まとめる 関連ページ ホットワード リンク元(159)

独学にまさる勉強はない。

1 : たけくま ★    2007/11/27(火) 12:11:13   ID:??? 
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_b18b.html

昔から考えていたことをタラタラ書こうと思ってます。


2 : 名無しさん    2007/11/27(火) 12:38:52   ID:dbf429ae3a 
>俺は今、何の印画か昔俺を落とした大学

因果ではないでしょうか。


3 : めたろう    2007/11/27(火) 12:51:56   ID:3ed17fedd4 
俺も芝居の事しか頭に無くて一浪しましたが、
受験勉強にしても身になったのは予備校行ってからでしたね。

例えば、歴史について「世界史と日本史を連動させて覚える」概念に、
予備校に行ってはじめて出会い、目から鱗が落ちた経験がございます。
予備校でようやく「体系化した歴史」の視点を得たのです。


4 : )x(    2007/11/27(火) 13:30:00   ID:3cc5dad52a 
自分みたいに怠惰な人間だと学校で教えてもらえないとほとんど勉強なんて
しなかったと思うので感謝してますね。
世の中のほとんどの人間はそうなんじゃないでしょうか。
強制されなければ何もしないダメ人間ばっかりですよきっと。

自分は美大行ったので美大の受験に必要な3科目以外、高校での授業を完全に捨てて
しまったのを激しく後悔してます(必要ない授業は全てサボるか寝ていた)。
それもセンター試験で最も簡単な国語1(簡単なほう)、英語(これは必須)、倫理(何の役にも立たない)
の3科目ですからね。高校の授業についていけず、美大進学に焦点を絞って受験のためだけの
勉強しかしなかったわけですが、今PC使うようになって数学の重要性を痛感してます。


5 : 情苦 ◆ oYKMdRT8Rs    2007/11/27(火) 14:07:07   ID:720c30ed10 
でも、自分の好きなことだけやって何にも知らない人も多いですよ。
日本がアメリカに戦争で負けたことを知らない・・・とかw
10代20代では普通にいるし、みんなそういうものに興味が無い。
庵野監督やたけくまさんのようにサブカルチャーから木の根のように知識が広がっていく人もいれば
まっすぐ一直線に伸びただけで、世間体を知らない人もいる。
特に後者はネットやテレビで叩かれて問題になっていますよね。
まあ、自分も他人のこと言えないんですけど(汗


6 : たけくま ★    2007/11/27(火) 14:21:52   ID:??? 
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_b18b.html

↑最初にアップしてから少し書き足しました。


7 : たけくま ★    2007/11/27(火) 14:24:10   ID:??? 
>>2
「印画→因果」直しておきました。


8 : tattaka    2007/11/27(火) 15:07:01   ID:13140c115c 
こんにちは。自分も片隅で講師業などやっているせいか共感するところが多かったです。
最近思うのは今若い人の中で「勉強に変わるなにか」が見つけられない人が多いのではないかということです。簡単に言えばモチベーションなのでしょうけど、それがあるかないかで学校の勉強をする、しないを問わず大きくモノ作りの姿勢が変わってくる気がしますし、逆に言えば、それを促す環境がきちんとあるのがいい学校ということになる気はします。
専門学校の多くがそうですが、ゆとり教育の挫折を受けて「実学」への傾斜を示す教育が結果として考えることを軽視し、安易に結果を求める風潮を産んだことが今の状況に繋がってる気はします。


9 : 名無しさん    2007/11/27(火) 16:50:53   ID:c4bd5bbc10 
「才能があって当然」「才能があってスタートラインに立てる」というのはきつい指摘ですよね。
富野由悠季さんも同様のことをアニメージュの連載でおっしゃっていましたけれども。
技術をみがく努力をすればなんとかなるかも? という間違った楽天性を持った学生が多いんじゃないでしょうか。
身も蓋もないですけどね。
それで業界の片隅になんとか居場所を確保してそれなりの才能を利用されて、 使い捨てされるわけです。


10 : たけくま ★    2007/11/27(火) 17:22:17   ID:??? 
>>9
後編でも書くつもりですが、その疑問に対する答えは、「才能にはいろんな
種類がある」ということですね。ある分野がダメでも、別の分野なら
いけるかもしれない。オールマイティに才能がない、という人は
かえって少数派ではないでしょうかね。要するに、ある人気分野の
仕事に誰もかれもが殺到する状況に問題があるんじゃないかと
思います。


11 : 名無しさん    2007/11/27(火) 18:37:09   ID:940a24ea81 
気になることは、自分がどんな物事に対して「才能」があるのか、
ということです。そしてある分野で何かやろうとして
方向転換できないところまで進んでから「才能」がなかった
とわかっても、日本じゃ再出発が出来ない。


12 : エレファントラブ    2007/11/27(火) 19:26:19   ID:b3b71ae5e8 
前々から気になっていたんですが、竹熊さんって神奈川県立Z高校出身ですよね?

チューブのボーカルの前田さんも確か同じ高校だったと思いましたが、接点ってあったんですか?

俺はあまりの頭の悪さで、家から一番近いZ高校は「いや、無理だから」と中学の先生に言われました。


13 : ◆ OZCI/VVVB2    2007/11/27(火) 19:31:17   ID:973fb053ea 
これまた激しく同意できる内容の多々あるエントリーですな。
しかし「高等学校はいらん」というのはどうか。
レトリックとしては面白いかもしれんが、
義務教育の上位にあたる(公立の)まなびや一般が根本的に「いらん」という意見にもみえて、
それだとちょっと賛成できんし、この点の内訳というか詳述をキボンだな。
いらんのはむしろ「普通科」とかじゃないのかな。
それと、よみかきソロバンのたぐいだけなら小学校も6年間は不要だとおもう。というか、
すべてのひと全員が○年と一律できまってるの自体が「人間」にたいする破壊行為ですよね。


14 : 名無しさん    2007/11/27(火) 19:44:49   ID:d3b1e93200 
俺は勉強面白かったですよ。
カードやサイコロや競馬が好きだったから数学の確率はめちゃくちゃ面白かったし
地理も歴史も好きだったし、生物も面白かった。
現代文も漢文も面白かった。倫理は特に面白かった(ひたすらエヴァとリンクさせてた)。

ちなみに普通科でしたw

「才能」の話とは分けて考えるべきではないでしょうか?


15 : 14    2007/11/27(火) 19:47:52   ID:d3b1e93200 
あ、「独学に勝る勉強はなし」には完全に同意です。
でも勉強を面白がってる場合は学校の授業も足しにはなると思いますよ。
逆に言えば生徒がなんの興味もなければ全くの無意味。


16 : 名無しさん    2007/11/27(火) 19:54:28   ID:77a5c8f818 
お話としては面白いし、成功した人の話にはうなづく以外無いのですが、
自分を振り返ると結構つらい話です。
才能については、やはり誰でも自分には何らかのすごい才能があるはずだって、
漠然と根拠も無く信じている。
運については「自分には運がなかったんだ」というのは、酔っ払いの愚痴の
ようで口に出すのも、頭に浮かべるのもはばかられる。
そうすると最後に残るのは「努力が足りない(足りなかった)」という、
後悔のようなセリフ。
才能が無い(あってもうまく見つけられない)、運が無い、の二つと違って、
努力は自分にもやればできたはずで、それをしなかった自分というものが、
言い訳不能なダメさに包まれているようで、つらいです。
「これから努力しようよ」ってことになるとは思うのですが、
これまで努力しなかった自分が、これから先努力をするのか、というのには
大きな不安というか、不信があります。
そこに楽天性というお話は、なるほどと思いました。
しかし、自分の才能を根拠無く信じる楽天性はあっても、努力を
続ける楽天性は無い、というなんとも怠け者な自分が居て…。
なかなか、かなり厳しい今回のお話だなと思いました。


17 : 渡辺裕    2007/11/27(火) 20:23:27   ID:63ca0edbf3 
 どこで生まれてどこで育ったかって問題もありますよ。秦の李斯の故事にもありますが。田舎の便所の鼠よりは都会の米倉の鼠のほうが便利です。
 たけくまさんは良くも悪くも風来坊で生きていけるからいいけど、世の中には「中途半端にいいとこに生まれ育ったがために家が捨てられなくて若い頃限定でしか動けない人」ってのも居ますから。
 まあ、そういう人はプロにならずに(昔の意味での)オタクやマニアになるんでしょうけどね。

 楽天性の問題とも絡んできますけど、(地方の人であれば)故郷を捨てる、(都心の人であれば)家を捨てる、と。そういう部分含めて「楽天的である」ってことも、ひとつ重要。
 最近の若い人を見てると、特に親子関係も人間関係も困ってるわけでもないのに家を捨てない人って多いですよね。良くも悪くも庇護の下に生きてて、その範疇で「技量を磨いて上達すれば道が開けるかも!?」と思っちゃってる。
 そういう連中は、才能がどうとも努力がどうとも運がどうとも言う前に、絶対ダメ、としか言いようが無かったりしますよ。


18 : ウンコブリブリ ◆ H7SSvHbT8Y    2007/11/27(火) 20:30:40   ID:89855aa91e 
たけくまさん
俺の場合ですが、小学校の頃まで割り算ができませんでした。
中学校の頃に因数分解で割り算を理解できるようになりました。
数字をビジュアル的に見れるようになったからだと思うんですけど


19 : 渡辺裕    2007/11/27(火) 20:35:39   ID:63ca0edbf3 
 あんまし昔気質なこと言い出しても仕方ないですけど、今でも(漫画の場合だと特に?)「弟子入り」って手段で業界入りする人多いと思いますよ。うちの田舎にも「週刊ジャンプで書いてる誰某さんの編プロでチーフやってる人」とか居ますし。無名ですけど、職業人として立派に生きているのであれば、それだって「プロ」だと思います。
「たけくまけんたろう」とか「さいとうたかを」みたいな「名前のあるプロ」しか、プロと思ってないんじゃないですかね? 若い人は。

 あと、人それぞれ生きる道あってのことだから一概に決めませんけど、例えば「30歳まで○○の仕事に携わって30歳からは別!」とか。高校球児が「野球は18まで! (家庭の事情と才能の限界の問題があるから)そこで諦めて就職頑張る!」って言ってるのと似たようなもんですけど、そういった類の、時限式のプロ(?)ってのもいるんだと。
 私の身の回りにも、たけくまさんやさいとうたかをさんの「側」から見れば「才能あっても消える人」に相当する人が居ますけど、彼らは別にそれで凹んだり挫けたりはしてませんね。
 至って楽天的(笑)に「俺も昔はプロだった」とか笑ってたりします。


20 : 渡辺裕    2007/11/27(火) 20:50:26   ID:63ca0edbf3 
 ある特定の仕事を生涯かけてやり抜く意味での、生業としての「プロ」ってのが、ひとつ。
 ある一定量の稼ぎを得るためにやっている、稼業としての「プロ」ってのが、ひとつ。
 やり抜くとか稼ぐとかいうことでなく、就職してサラリーマンになって退職して〜みたいな正業(笑)としての「プロ」ってのが、ひとつ。

 人それぞれ時代に応じて、生きる道って色々選べるもんだと思います。
 たけくまさんは生業としてのプロ視点、私は稼業としてのプロ視点で見ることが多いと思うんですけど、俗に言う「消える人」「才覚の無い人」ってのは、「正業として」「勤め先のひとつとして」のプロとして成立してるのでは??? という感じが、しますね。それは果たしてプロなのか!? って問題もありますけど。


21 : 渡辺裕    2007/11/27(火) 20:57:56   ID:63ca0edbf3 
 タイトルに関連してひとつ言うと、「独学」の中にある程度体系立った考え方が無いと、意味無いと思います。独学ゆえに偏狭に堕してる人も多いですから。

 体系知の良さってのも、ありますから。


22 : 名無しさん    2007/11/27(火) 21:35:34   ID:c4bd5bbc10 
「独学」というと、田舎で独自の妄想体系を作り上げている偏狭な親父なんかを連想してしまう部分があります。
バロウズの「ジャンキー」に、南部の田舎で会った「なんとかは共産主義者のスパイで…」と秘密めかしく語る変人の話がでてきました。
とうぜんバロウズもそれ以上の変人なんですが。


23 : 伊藤 剛    2007/11/27(火) 22:28:33   ID:0b4ef31084 
ある限定された範囲では頷ける点もあると思いますが、
「高校は不要」「独学にまさる勉強なし」とまで一般化されるのはちょっと容認できません。
「いまの高校制度は変えたほうがいい」ということだと思うので、その意味ではあまり竹熊
さんとの対立点はないと思いますが、竹熊さんのこの書き方だと、高等教育・専門教育自体
が不要というように読めてしまいます。

ぼくがこのように疑問を持つのは、それこそ「才能にもいろいろある」わけで、
たとえば理系の才能を持った子とかどうするんですか。
完全に無理というわけではありませんが、体系知を身につけることや、実験や観察などお金
も手間もかかるものが必需なわけですから、やはり学校における指導は不可欠でしょう。
まず独学は不可能だし、高校までの数学は大学以降の基礎の基礎という位置づけになり、
下手すると「算数」と言われてしまう世界です。
竹熊さんの美点は、経験に根ざした意見の確かさ、地に足のついたところだと思いますが、
この書き方だと、ホントに理系の秀才は「ただ受験勉強の出来るヤツ」の箱に入れられて
しまい、才能だと認められないことにすらなってしまいます。
俺みたいな理系のドロップアウト組が言うのも変ですが、かわいそうですよ、それじゃ。

とはいうものの、竹熊さんがこのような意見を持ってしまわれる背景も考えないといけな
いと思うのですよ。竹熊さんの世代は、いまよりもよほど受験が苛烈な時代だったわけで
すが、いわゆる「受験戦争」の弊害のひとつは、高校までの「勉強」と「学問」や「もの
を考えること」と間に乖離が生じさせたことだと思います。
本来であれば、高校までの「勉強」は、粘り強く考えることの練習だったはずなのですが、
その「考えること」が覆い隠されてしまうということですね。

ぼく自身はどうかというと、コドモの頃から勉強はできる子だったので、そんなに勉強で
苦労をした記憶はないです。どっちかというと、成績が下がるほうがくやしくて嫌でした。
怠け者ではある(それはいまだに治らない)んですが、何か妙なスイッチが入ると「勉強依存
症」になり「参考書〜〜〜問題集〜〜。もー手元にあるのやっちゃった〜〜次のくれ〜〜」
と本屋に走って新しいのを買ってくるという子でしたが(笑)。ま、それでどうにか現役・
浪人の二年間でトータル四ヶ月間くらいの勉強量で大学に入れたんですが(それ以外の期間
は予備校をサボって図書館とかでとにかく本を読んでた。実際、ぼくにしたところが人文系
の知に関しては独学なんですが)。

話を戻すと、竹熊さんが真に問題にしてるのは、世の中へのエントリーに際して、人を選別
するシステムが「大学受験」に一本化されていて、ほぼ他のルートがないということだと思
んです。
これは佐藤俊樹が『格差社会日本』で「再加熱」という言葉を用いて説明していることな
んですが、どんなエントリーのシステムを用いたとしても、必ずそこからこぼれ落ちる人は
いるわけです。そうした人々のモチベーションを下げず、再度社会への参加を促すしくみを
「再加熱」というのですね。
この「再加熱」には二つの方法があり、ひとつはエントリーのシステムを複線化すること。
あれがダメでもこっちがある、ということですね。「才能にはいろんなものがある」のだか
ら、自然な考え方です。
しかし、日本の社会はこの路線は取らなかった。日本がとったのはシニカルな「無意味化戦略」
だったというのです。「受験勉強なんてくだらない、世の中の役に立たない。だからあのシス
テムを潜り抜けた連中にも価値があるわけではない」という合理化です。
ここからは私見ですが、この「無意味化戦略」が「勉強」と「ものを考えることの稽古」という
こととの乖離を促したと思うんですね。ついでに、学問への敬意や知的な関心も殺いでしまっている。
竹熊さんも、無意識にせよこの「無意味化戦略」を前提にしてしまっていると思います。
でも本当は、落としどころは「複線化」のほうだと思うんですが、いかがでしょうか。


24 : nomad    2007/11/27(火) 22:37:47   ID:00093a32e9 
逆にだな、好きで好きで仕方なかったら、才能なんかなくたってそれをバカみたいに続けりゃいいんだよ。
しょうがないじゃねえか好きなんだもん。
相手がどんなに振り向いてくれなくたってソレに向かってえんえんと努力し続けるんだよ。
メシが食えるとか世に出るとか人に認められるとか考える必要なんかねえ。
好きならただソレに向かってきゃいいんだよ。
そうすりゃ今までできなかったことがちっとづつできるようになる。
そういうことがソレに対する愛の示し方じゃねえの。


25 : 底辺    2007/11/27(火) 22:55:41   ID:a24006deaf 
世の中高校大学クラスの勉強が必要な仕事って山ほどあると思うんですけど
映像作家とかの言葉を借りてきて高等教育が必要ないってのはかなり乱暴
なんじゃないでしょうか?
世の中の多くの人は学校の勉強をしてその上で経験をつんで社会を構成する
一員となっていくのではないのですか?
どちらかというと「学生時代にもっとちゃんと勉強しとけば良かった」って
考えが多数をしめると思うんですけど


26 : たけくま ★    2007/11/27(火) 22:59:17   ID:??? 
>伊藤くん

提起された問題は後編で僕なりに触れるつもりです。ひとつだけいえば、僕も
高校は行きたい人は行けばいいし、高校の勉強が必要ない人は
行かなくてもいい場所にしたらどうかということです。
高校へ行ってもいいし、働いてもいい。後者には仕事で必要になった
知識の必要性をレポートで提出させ、それを大学入試の要件と
するのはどうかなあと。一種の「大検」なんだけど、これの概念を
うんと広げてみたらどうかと。

高校を頭から否定するわけじゃないですよ。「勉強」が好きな子供も
いるだろうから、そういう人のために高校という選択肢も残しておく。
行きたくない人は、社会人経験を数年積んでから、本当に必要だと
感じたらその時点で大学に入ってもいいような社会になれば、ずいぶん
風通しがよくなるだろうなあと考えているのです。


27 : たけくま ★    2007/11/27(火) 23:09:55   ID:??? 
明日は夜まで仕事が詰まっているので、続編は週末になるかも。

28 : y-t    2007/11/27(火) 23:28:22   ID:c74f914f41 
はじめて書きます。
 私も竹熊先生のような人生を歩んでるタイプなんですが、楽観というのは
裏返していえば壊れだと思います。つまり承認欲求だとか小さい頃の気持ちの
一部が大人になってもずっと続いているタイプの場合、こだわりの強さなどに
なって表れ、夢を追うことに全く躊躇しない。多くの人は結婚したい子孫を残したい、車が買いたい、家を買いたい、近所の人の暮らしが気になる、老後が心配だ、病気になったらどうしようなどといった欲求や不安を無視できませんし、それを優先して
生きています。結果的に安定を求めるのですが、私のようなタイプは作品を作ったり
して世に出て、究極的には世間から才能を認められて子供の頃のようにチヤホヤされたり大目にみてもらったりすることを当たり前のように目指してしまいます。こういう
タイプの人は子供のままの部分が残っていてそれは一生残るので、好きなことしか
しません。理屈では今のまま進み続けては不安定でリスクが高すぎる生き方だと
分かっていますが、不安という形では表れてきません。深層心理が不安を感じていないからではないかなと思っています。それよりもチヤホヤされたり大目にみてもらったり
されたい!という心の叫びがあってそれがある限り楽観的なんですよ。


29 : 伊藤 剛    2007/11/27(火) 23:37:54   ID:0b4ef31084 
あ。本の題名を間違えてました。
佐藤俊樹『不平等社会日本 さよなら総中流』中公新書
でした。


30 : どんだけー!    2007/11/28(水) 00:03:14   ID:479b0d326e 
>28
人にチヤホヤされる事を目的としての創作…?!?!?!。
本当にご本人の書いてる通り『幼稚』な発想に驚愕。そんな人が本当に世の中いるのですね。

私の考える『楽観性』はシリアスな事態に正面衝突しないように回避する『知恵』かと思います。

>23
「無意味化戦略」でも「複線化」でもいいですが
むしろ世の中の親切すぎる構造にばかばかしさを感じます。
モチベーション落とさないように…とか。
気を使ってる側の想いは往々にして気を使われてる側には届かないものです。

なんでそこまで打たれ弱いのか。
仕事でも勉強でも面白い!と思うところまでたどりつけないのか。

…日本人は生真面目な人が多いのかもね。
真面目すぎると色々楽しい事に気がつけないですよね。
自発的な欲求から以外は何もなし得ないという点で独学にまさる勉強はないというのはうなずけます。


31 : まみ    2007/11/28(水) 00:15:57   ID:8d6b9f28f9 
「学問」だったら戻り道してできると思うんです。
社会人枠とか社会人大学講座とかありますよね。今の社会制度の中で。
でも、勉強はその年齢に応じて作られたプログラムというところもある
ので、後からやろうとしてもついていけない、反射みたいな部分も少な
からずあると思います。
もちろんその流れの中で意味が分からなくてついていけないってことは
ありますが、少しでも基礎教育として身に付けるという意味では、その
年齢のときに何かをしなければならないわけです。
職人のように中学を出たら見習いから始める道もありますよね。
人間は迷いながら生きるものだと思います。
中学までは同じ地域の同年代との接触が多いけれど、高校時代は、いろ
いろな人間と出会う時期です。それは学校に行かなければならないとい
うわけではないけれども、学校での出会いは多くのものを与えてくれる
と思います。ある意味安全地帯にいて、というところもありますが、そ
んな恵まれた環境に自分がいることに気づく人はそのときには少ないと
思います。
だからこそ、幅広い進路を選択することができるのではないかとも思い
ます。

高校を飛ばして大検のような制度でというのはムチャしすぎな意見だと
思います。
後から勉強すればいいというのは人間の成長過程や特性からしてよほど
立派な志を持った者以外にはかなり高いハードルになってしまうのでは
ないでしょうか。


32 : y-t    2007/11/28(水) 00:29:38   ID:851bd86fc6 
>30
書き方が乱暴でした。すみませんでした。
「チヤホヤされたり大目にみてもらったりするため」というのは深層心理での話です。
顕在意識でそんなことを思っているとしたらそれは幼稚ですね。
アーティストを突き動かしている衝動の正体は、といった類いのことが言いたかったの
です。


33 : 名無しさん    2007/11/28(水) 01:48:50   ID:bae89a0bf1 
世の中のサラリーマン、公務員、団体職員などの
大半はジェネラリストです。
つまり、管理運用、計画進行、交渉調整係です。

そんな仕事をするのに必要な能力を鍛えるのに、
高等教育や受験勉強はぴったりなんです。
実は学ぶ内容は大して大事じゃなくて、学ぶ手順、
効率よく点を取る為の知識習得術、時にはノートを
獲得するための交渉術が大事なわけです。

でも、スペシャリストの人には不要だってことも
確かなので、専門学校や商業高校みたいなのを
もっと広げればいいんじゃないかと思いますね。


34 : あ〜    2007/11/28(水) 02:01:08   ID:f75edc4474 
うーん「高校課程の教育なんていらない」という主張には賛同しかねます。
私にいわせれば「高校課程までで十分間に合う」こそが真理だと思います。

だって、卒業してかなりたってから生物や地理や世界史の受験参考書を手に取ったら
えーこんなに面白いんだ〜と感動したことがあります。
今でもセンター試験の問題なら結構解けるし、実生活でも役に立ってます。
例えば新聞でノルウェーの北海油田がどうとかEFTAがどうとか出てくると
ちゃんと理解できるし。


35 : 名無しさん    2007/11/28(水) 05:11:13   ID:76a8d715c9 
結局才能じゃない

36 : こういうのも    2007/11/28(水) 07:49:01   ID:c1f57e0001 
知っておきたかったこと
--- What You'll Wish You'd Known

http://practical-scheme.net/trans/hs-j.html

少し長いけど


37 : 情苦 ◆ oYKMdRT8Rs    2007/11/28(水) 08:34:52   ID:e9221476dd 
>>高校へ行ってもいいし、働いてもいい。

世知辛いご時世じゃ、これができなかったりw
あと高校といっても、工業商業や高専など実践的な学びの機会を与えてくれる
学校もあります。
その各高校と、企業間でのコネというか連帯関係もあるので、そこに割り込むのは
難しい部分もあるように思いました。

まあここで問題となっているのは「普通科」のことだと思いますが。
その普通の延長上にある大学で感じたことは、大学院まで行かないと
学問を教えてもらえないということでしたw
大学で放りながられた身としては、たけくまさんの意見に賛同したい気持ちもあります。
ただ「(体験的な)知」そのものが零落していて、さらにそれがどうやら全共闘時代から続いているらしいので
根の深い問題なんじゃないでしょうか。


後編たのしみにしてます。


38 : KM    2007/11/28(水) 11:43:02   ID:db67e58a08 
現実問題としては、怪しい健康食品やネズミ講に引っかからない程度には
科学・数学の知識がほしいところ。才能とは別に自衛のため、ですね。
中学教育までで大丈夫かどうかちょっと気になります。


39 : TK    2007/11/28(水) 11:52:04   ID:52c06b1496 
>微積とか、社会に出てなんの役に立つのか。

役に立ってますよ。
このブログだって、数学に基づいた技術がなきゃ、なかったわけだし。

分野は様々でも、個々のクリエイターが「才能」を生かした表現活動をする
その舞台としてのこの「世の中」は、そういう学科の内容に支えられています。
若干、近視眼的では???


40 : 無能の人    2007/11/28(水) 12:40:03   ID:4f5dc81b69 
学校教育って一つの共通言語だと思っていますので、
商業表現のレベルが著しく落ちると思いますよ。
そんなとき一番あおりを食うのは、たけくまさんのような
仕事をしている人たちなのでは?

>微積とか、社会に出てなんの役に立つのか。
二次方程式なんて必要ないとのたまった、どっかの婆さんと
同じこと言ってますね。エヴァやトップは好きですが、微積分の
方が社会では明らかに有用です。


41 : ykzn    2007/11/28(水) 14:17:06   ID:fb283b8b3b 
僕はまだ19の社会を知らない青二才なので見当違いな見方かもしれませんが、恐れずにいわせていただけば、

学校の勉強は不必要どころかそのぐらいできなければお話にならない内容しか教えていないように感じます

だいそれた例をだせばピカソなんかはあの独特のスタイル以前に基本的に普通に絵が上手い、つまり学校で教えるような内容は完璧にモノにしているわけですし、
夏目漱石なんかも相当な勉強家であってその結果としての名作でありますし、
芥川龍之介も大学ではえーと次席か首席でした

あと最近、三島の小学生のころの取り組みが発見されて彼は勉強家だったとやっていましたね

例えば物語を書くために古典をあたろうと思った時、古典文法は必須であって、学校の授業っていうのはそのためのとっかかりとなりえます

簡単なゲームを作ろうと思ったら三角関数ぐらいできて当然ですし、

いわんや他をや。


多くの人が指摘されていますが、たけくまさんの文章は想定している対象があまりに少なく、失礼ながら「この人は想像力が貧困なのか、それともあまり文章の勉強をしたことがないんじゃないか?」という印象を受けました。

まぁ以上のように僕は
特に文化的な活動に於いては特に学校教育は必要というか最低要件だと思います


42 : だだだ    2007/11/28(水) 14:57:40   ID:09e62293c4 
〜が役に立たないとか、もっと言えば生きるのに不必要ということは、衣食住以外の
ほとんどのことにあてはまりますよね。

だからそういう立場から微積の「不必要性」を説いても意味がないと思います。

ただ微積が理解できたとき、それを生かした別の生き方の選択肢が増える、という
ことだと思います。そういう選択の可能性を子供に与えることは大切なことではな
いでしょうか。


43 : 名無しさん    2007/11/28(水) 17:17:14   ID:073426a8a7 
微積を習うというのは、料理を習う、プログラムを習う、
雑談するなどなどの選択を捨てているのだと思います。

何かを選ぶということは同時に何かを捨てているので、
微積を習うことで選択肢が増えるとは必ずしも言えないと思います。
文系だと、微積が生かせる職業はほとんどないように思います。

料理を習う、プログラムを習う、話術を習うことの方が、収入や
円満な人間関係、社会貢献につながるのではないでしょうか。


経済学では、進学は、技能や生産性を高めているという
人的資本論と入試で頭のいい人や努力家を選抜している
にすぎないというシグナリング理論があります。

東大の経済学研究科の方の分析では
シグナリング理論が現実的ということです。
http://keijisaito.info/econ/jp/gjk/j1_econ_education.htm
高等教育の高等教育が生産性(賃金)に与える効果は、
職場訓練との差し引きでマイナスかゼロらしいです。

就職や世間体のために進学するけど、早めに働くよりは手に
職がつかないようです。当たり前のようにも思いますが、
実際の賃金データを使って示しているところが、すごいです。


44 :    2007/11/28(水) 17:43:15   ID:b4098c463e 
まて、高校が亡くなったら
全国の女子高生諸君のセーラー服姿が
見られなくなってしまうじゃないか!


45 : 名無しさん    2007/11/28(水) 18:34:36   ID:b84824d822 
「独学」というキーワードを見てすぐ、
あるドキュメンタリー番組を思い浮かべました。

「今日がダメでも明日がある 〜波乱万丈ロボット親父〜」

中卒のオッサンの壮絶なる独学物語です。
「勉強」の意味を改めて考えさせられます。

ニコニコでもYouTubeでも見ることができるので、
一度見てみることをオススメします。

これを見ずして独学を語るなかれ!

ニコニコ版
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1594987

YouTube版
http://jp.youtube.com/view_play_list?p=8904FC89DE6D90FA


46 : ykzn    2007/11/28(水) 18:34:53   ID:4c306fc73b 
微積の利用方法について
例えば自分の住んでいる土地の正確な面積を求めたいときや、土地の利用方法について厳密に考えたいときは役に立つんじゃないでしょうかね

「そんなかたくるしい考え方なんかしない」といわれそうですが、それは微積の考え方を知らないからそう思うのかもしれないし、どんぶりかんじょうのロス率を特に気にする必要がないからかもしれない

でもただ微積が多くの人に実生活で使われないということは学校が不必要であるということの十分条件じゃありませんよ

少なくとも学校でやらされることの半分以上が「過半数の人にとって」「無意味である」ということができなければ、学校はいらないという命題は偽です

個人的な理由で必要としない特定の小要素を持って全体を批判するのは、ちょっと不可能じゃないですかね

論理の用語で書きましたけど、そのような学問的に裏のとれた方法をどんどん利用していけば物事はもっとスマートに解決されると思いますよ


ところで微積を多くの人が必要としていないことは微積を教える必要がないということは意味しています

だから義務教育である中学校までで微積は教えないし(そもそも理解できないという問題もありますけど/あと念のため義務というのは大人達への義務です)、大学に進学することを基本的な目的とした形態の高校とか、さらには理系でないと高度な数学なんてしません。

しかも、大学の分化した独立の学科というのは、自分に必要ならいくべき、ということをよく表しているんじゃないでしょうかね

形式上、僕らは高校にはいきたいからいくのであって、数学のむずかしいのを勉強する人は、その必要があるからするんですよね
その必要がないっていうなら、別のどこかへいきなさい、ということになってる
形式上だけど。

だから問題なのは、既に述べられていますが、学校によってしか評価しないような社会のありかたであって、逆に言えば学校自体はそれほど問題じゃないんじゃないでしょうか

選択肢自体は適当なところで用意されているんですよね
みんなそれを選ぶのを許してくれないけど


47 : ゆとり脳    2007/11/28(水) 19:07:37   ID:913fe9618b 
とりあえず、たけくまがゆとり教育マンセーなのは理解できた。

48 : ゆとり?    2007/11/28(水) 19:39:40   ID:666f829de3 
 何のために努力してるのか分かんない、目的意識がないと大した努力も
できないってことじゃないか。

 国数社理英を学びたいと思って高校に行く奴はあまりいない。心底学び
たいと思っているわけでもなく、手に職が付くわけでもないのに世間体、
就職、学歴のために高校、大学に行かざるを得ないという状況を問題視し
たいのではないのでしょうか。


49 : 義憤    2007/11/28(水) 20:42:50   ID:fdd2d9e34c 
41を読んでみて、19歳という若さを考えてもykznが竹熊さんに失礼だと思いました。

ykznは竹熊さんが想定している対象が少ないと書いてますが
フルタイムで働いたことのないykznが希望推測を語っている
ようにも思います。

古語辞典を開いて文章を書いたり、
ゲームの製作に三角関数を使うことは滅多にありません。

ただ、教養が大事とか、知ったかぶって偉そうに言う方は
必ずいます。こういう独りよがりの方に言っていることは
分からない、変だというと、君の勉強、教養が足りないと
言われます。

こういう方に勝った気にさせないために僕は難関大学に
進学しました。乗せられた時点で負けているのかもしれません。
学歴は就職に役立ちましたが、授業の中身は仕事や生活には無関係だと思います。



そういう方に勝った気にさせないために、僕は


50 : 感動    2007/11/28(水) 20:59:35   ID:b748703381 
> 43
学校は人的資本を形成するのか? (2)賃金格差の実証分析
を読みました。感動しました。

> 潜在的に2の生産性を持つ人は『自分の生産性が1ではない』ことを
> 示すために進学して、お金と時間をかけて仕事に生かせる生産性を
> 1.9に下げている状況かもしれません。個々人としては合理的な行
> 動であっても、社会としては技能形成や経済成長に損失を被ってい
> る可能性があります。
> 古代から学習や教育は美徳とされ、文化的な側面も持ちます。
> しかし、これで良いのかをきちんと考え、話し合う必要があります。

東大生が書くと重みが違って感じるのは、学歴社会に毒されている証拠でしょうか。


51 : 忍天丼    2007/11/28(水) 21:03:43   ID:1596d3464c 
これに関してはたけくまさんの意見には同意しかねます
オールマイティに才能が無い人の方が多数派だと思いますね。

出来る人間は何をしても出来るし出来ない人間は何をしても出来ない
例えば野球選手のイチローなんかは頭も良かったみたいですし
野球以外の分野、サッカーや陸上を本気でしたらかなりのところまでいったんじゃないでしょうか?

ただ大学の試験を受けるのに高等学校の卒業資格が必要なのは疑問ですけどね
大学の試験に合格出来る学力があるのなら高等学校卒業する学力はあるのだからあまり意味が無いと思います。


52 : OZI~    2007/11/28(水) 21:10:08   ID:8ab220f3e2 
>43

>東大の経済学研究科の方の分析では
>シグナリング理論が現実的ということです。
>http://keijisaito.info/econ/jp/gjk/j1_econ_education.htm
>高等教育の高等教育が生産性(賃金)に与える効果は、
>職場訓練との差し引きでマイナスかゼロらしいです。

面白い話ですね。
ただこれは以下の二点を前提条件とした場合に成立する説だと思います。

1) 潜在的に(先天的に)生産性(賃金)の高い人と低い人が存在する
2) 潜在的に生産性の高い人と高等教育に進む人との間に正の相関関係が存在する

たしかに文中にあるように「正の相関関係にあると考えるのが自然」ではありますが、そうであるとは照明されていないように思います(読解力不足で見落としていたらすみません)。
またこれは統計学上の話ですから、文末の言葉を逆の視点から「潜在的賃金の高い者が高等教育へ進むことは日本経済全体にとっては問題だが、個人としては合理的な選択もありうる」とも言えると思います。

蛇足ながら、この話を読むにあたって高校数学1A程度の知識はあったほうがより楽しめるように思うと、問題が教育の話だけに複雑な気分にさせられます。


53 : OZI~    2007/11/28(水) 21:12:08   ID:8ab220f3e2 
すみません。上の文。 照明 ---> 証明 です。

54 : ykzn    2007/11/28(水) 21:17:45   ID:db58add2da 
確かにフルタイム労働者達のほうが社会の人間のなかでしめる割合は多いかもしれませんね
しかしでは逆に知識労働者の数が少ないのかといったらそれは嘘です
というかたけくまさん自身知識労働者ですし。

まぁ失礼といえば失礼かもしれませんが文章を読んだ率直な感想なのでしかたないです
読者は発表物に対して自由に感想を述べる権利があります
感想をどううけとるかは発表者にまかされています


あと例に対してですが、文章について、ものを売る時に、レトリックの利いた宣伝文句や気の利いた文章のあったのほうが購買意欲をそそるとは思いませんか?
例えばコンドームの横に、不倫して妊娠した女三宮と源氏についての小話が書いてあったら、僕ならおもしろがって買いますね
「自分はそう思わない」といわれたらおしまいですが。

あとゲームについてですが、もしかしてRPGツクールなどを想像していませんか?
そんなのならそりゃあ数学なんかいりませんよ。
数学のできない人のために作ってあるんですから。


55 : 名無しさん    2007/11/28(水) 21:46:51   ID:1e22221167 
理系で技術的問題点に突き当たったときは高校程度の算数は最低限必要でしょう。体系立って学んでいないと応用なんてなかなか思いつきません。
文系でも経済系は微分・積分は必要ですし、アンケートの分析には確率・統計の知識は必要。確率・統計の基礎は微積分が判らないと理解し難いと思います。
某大手IT企業が電子立国日本の躍進を担っていた時期には、研究者だけでなく工場の管理職くらいの人達が、工場のラインが止まった後で情報工学の英語の論文を取り寄せて勉強会をしていたと聞きました。(残念ながら今は・・・)

学問は元々仕事や生活の中で困ったことを解決するために研究されているもの、という事が実感できれば見方が変わってくるのでしょう。


56 : 名無しさん    2007/11/28(水) 22:00:29   ID:cdaa8a6815 
>43
>50
>53

(1)教育の経済学の動画がかっこいいですね。53の

1) 潜在的に(先天的に)生産性(賃金)の高い人と低い人が存在する
2) 潜在的に生産性の高い人と高等教育に進む人との間に正の相関関係が存在する

これは自然な設定でしょう。
1)の先天的の部分は、例えば高3のような次の進学を選択する際と考えた方が分かりやすいようです。
先天的に生まれ持ったものか、家庭教育、小中で身につけたものかは無関係でしょう。
潜在的な生産性と学校の成績に正の相関関係があるとすると、
生産性の部分は学校の成績に置き替えられます。すると

1) 高3時の成績が高い人と低い人が存在する
2) 高校の成績が高い人と大学に進む人との間に正の相関関係が存在する

とすると、自明な文章になります。


57 : 名無しさん    2007/11/28(水) 23:11:12   ID:5b47dece2b 
高等教育が不要と主張しつつ大学講師とかー

58 : OZI~    2007/11/28(水) 23:18:35   ID:8ab220f3e2 
>56

>先天的に生まれ持ったものか、家庭教育、小中で身につけたものかは無関係でしょう。

これはその通りですね。考えが足りませんでした。あらためて定義します。
1) 潜在的な生産性(賃金)の高い人と低い人が存在し、その絶対値は大学進学以前のいずれかの段階で決定し以降変化しない。
(教育や職場訓練は潜在的な力を引き出す手段であり、決定した潜在的な生産性の絶対値-極大値-には影響を与えない)

つまり世の中には経済価値にして600万円分の仕事をする力のある人がいる一方で、900万円分の仕事をする能力の人もいる。
また一方で300万円分の仕事をする力しかない人もいて、その最大能力値まで働くことはできるがそれを越える事はない。
またその値は十代のある段階までに決定され、以後変わらない。
その前提に立たなければ最後の結論に関しては意味がないことになります。
(ただしこれは300万円分の仕事をする力しかない人が現実に300万円手にすることを意味しません)

>潜在的な生産性と学校の成績に正の相関関係があるとすると、
>生産性の部分は学校の成績に置き替えられます。

この部分には誤解があるようです。
元の文での生産性とは経済価値に置き換えた労働力のことで、生産性=学校の成績ではありません。
ですので、先の文ではむしろそのような相関関係が存在するのかについて疑問を投げ掛けているつもりです。
つまり「潜在的な生産性と学校の成績に正の相関関係があるとすると」と、仮定で語られている部分の証明を求めているのです。

長文失礼。


59 : 渡辺裕    2007/11/28(水) 23:19:19   ID:4e42dccbe0 
 いわゆる学歴や知識ある人の導き出した理論と学歴ない人が現場で汗流して得た理論が結果似てるものならば、私は現場の意見を取りますね。学者さんだって、理論だけで物事を決め付けないで実験できるものは実験して実証するでしょ。そういうことだと思います。
 んで、世の中には「先に学んである程度の知体系を確保したほうが効率よく仕事できる人」と、「そんなのどーでも良くて山勘でガンガンやったほうが面白いことになっちゃう人」ってのが居るもんで。その場合、山勘で動いたほうが面白い人に学問を仕付けるのは「牛刀を以って鶏を裂く」行為ですから、やんないほうがいいとも思いますよ。その意味で、たけくま理論は正論とも思いますけど。

 あと。コメント見てて思ったんですけど、「ある程度学問や知識があったほうが面白く解釈できる発見できる」って意見があってそれはそれで面白いんですけど(同意もするんですけど)、「最初っから学歴・学問の無い人」「行動が先で知識は後タイプの人」は、そういう楽しみ方が性に合わないから初手から敬遠するんですよ。そういう楽しみ方してるやつのことを毛嫌いする傾向にある。
 んで、そこで嫌われちゃったら、今どきみたいに「高度に洗練された商品を発売しても誰も買わねえwww」ってことになるんでね。学問やって偉い偉いでやってける人は、その分商品購入額高くして業界に貢献すればいいんですけどね。しないからね。大概は。頭いいからってことで例レベル商品笑っちゃうくせに高度商品にカネ出さないってことであれば、そりゃ単なる文句乞食でしてね。言うだけ言ってカネ出さねーよこの馬鹿って思われるだけ損なんですよ。

 賢さにも程度限度ってもんがあるでしょうね。やっぱり。
 自らの(経済力とかいろんな意味での)程度限度を突き抜けて知性だけが突出するのは、全体のバランスから言って損ですよ。
 馬鹿のほうが却って気楽なことも多いですよ。


60 : 渡辺裕    2007/11/28(水) 23:33:26   ID:4e42dccbe0 
 嗚呼おたくの人の意見だなってことで面白かったんですけど

>例えばコンドームの横に、不倫して妊娠した女三宮と源氏についての小話が書いてあったら、僕ならおもしろがって買いますね
>「自分はそう思わない」といわれたらおしまいですが。

 おしまい、な人のほうが圧倒多数でしょうね。普通は知りませんよ、源氏物語なんか。割合から言えば995対5くらいかな。普通、商品ってのは道行く100人中5人くらいに買って貰えれば御の字だよね? くらいの勢いで売りに出すものでしょうから、995対5くらいの悦びを購買意欲にするんであれば「料金10倍払えこの野郎」路線に進んでいただかないと、どーしょーもないっていうか。是非進んでください。
 知性を感じさせる商品を廉価大量販売しても、興味の無い人は見向きもしないから、結局大量に余ってゴミの山になるだけです。無駄に気取らなければ売れたかもしれない商品が、ちょっとした捻りの為に「逆に売れなくなる」なんてこたぁ、よくある話。

 そういった「現実」をある程度踏まえると、たけくまさんの「学歴いらねぇよ理論」ってのも、一理あるんですけどね。一理はあっても二理は無いですが。九里より旨い十三里ですか。


61 : ykzn    2007/11/29(木) 00:31:43   ID:95fd1db254 
>>渡辺さん

ははは、言われてみたら確かにそーですね

そうすると商売の対象はどこなのか、っていう話になって
結局無限上昇志向(白人的だな…)な連中なんてごく少数なわけであるから、
人数が第一義な議論に於いては僕みたいな奴ははいさようならってわけですな


そうなるとまぁ、安易には共産主義とか身分階級制とかに話がおちつきそうですやね

あとは各学歴層が住み分けられる選択にリスクのない社会ですよね
無茶がある気がしますけど

まぁ次のエントリで予想外な代案がでることを期待して退散します


62 : ファットボーイ・スソム    2007/11/29(木) 00:35:14   ID:14ff870ff3 
才能については、岡田斗志夫の「ぷちクリ」に通じるものがありますね。

63 : 名無しさん    2007/11/29(木) 00:54:07   ID:68baa32d21 
独学ということでこの人物を紹介してみます。
吉田東伍
http://www.lib.fukuoka-u.ac.jp/annai/kanpo/no091/9105.html
講義で聞いた話では面接で「私は図書館を出ました」と答えたとか。
こんなこと言う人は、今の世の中まずいないでしょう。
独学で大成した人物としては、是非この人を推したい。


64 : あ〜    2007/11/29(木) 01:05:33   ID:ba9ff6d15f 
『大学で何を学ぶか』(浅羽通明)をたけくまさんにお勧めします。
みもふたもない学歴論です。


65 : 矢野    2007/11/29(木) 01:12:45   ID:cbcb2b0964 
技術系ベンチャー企業に勤めている37才サラリーマンです。

少なくとも、高校程度までならば、国社数理英、全ての教育結果は全て現実的に役立っていると実感しています。

むしろ、私が中〜高校時代に「学校の勉強なんて実生活で役に立たないよね」なんて無責任に言ってたヤツ、お前のせいでもっとも知識吸収効率の高い時期にムダな遊びを覚えちまったじゃねーか、と愚痴りたくなるくらいです。

部分的に不満な部分はありますが、全体として学校教育はとても有効だと思います。

例えば、英会話を重視しない現在の英語教育に異を唱える人たちが多く居ますが、私は中〜高校で詰め込まれた単語、慣用句、成文こそが、自分の英語力の源となっており、現在でも役に立っていると実感しています。

まぁ、少なくとも本心からこう思っている人間も居ることを参考までに。


66 : madi    2007/11/29(木) 01:56:13   ID:ca14aee774 
加藤秀俊「独学のすすめ」文春文庫は絶版みたいですね。日垣隆もすいせんのいい本です。
著者はニフティの文化フォーラムのシスオペもされていた学習院大学名誉教授です。


67 : 名和ともなり    2007/11/29(木) 02:17:07   ID:ba6f8bd4be 
たいていの人には何かしらの才能があるという竹熊さんの意見には
同感だけど、それが見つけられないまま人生を終えるって人が
大半じゃないかなあ
あと学校の勉強をほったらかすくらいに集中して取り組めるくらい好きなことを
中学・高校までで見つけられたってケースもそれほどないような気がする
おれも自分が何に向いているのか分からないままで、好きなことは
それなりにはあるけど、寝食忘れて打ち込むって程でもない
そんな状態のまま人生の折り返し地点を迎えちゃったので、我ながら
なんだかつまんない一生だったなと思ってしまいますよ


68 : 名無しさん    2007/11/29(木) 02:25:34   ID:9709d762cd 
にしても、俺には必要なかった、こいつにも必要なかった、
だから誰にも必要ないに違いないってすごい飛躍だ。


69 : koko    2007/11/29(木) 03:57:46   ID:c8a77adbc3 
短く言うと、
何を独学するかを決断するに至るまにで、全て独りで考えて決断した
という事なら、私は思い込みなんじゃないかと思うんですが。
所詮自分の事は他人と関わる事でしか分からないと思いますし、
その期間がある程度必要な人が大半なんじゃないかと。


70 : ぽいぽい    2007/11/29(木) 05:05:03   ID:f92bfe9c43 
たけくま式教育論というか学習論は面白そうですね。
続き楽しみにしてます。

しかし、教育論を語るスレは皆が一家言あるせいか
食いつきはいいけど高確率で荒れるんですよねぇ。


71 : 根岸    2007/11/29(木) 07:50:29   ID:acc547e4f2 
> またその値は十代のある段階までに決定され、以後変わらない。

「変わらない」というのではなく、「平均的に」そういうパスをたどるという話ではな
いでしょうか。

> 現実には、勉強が苦手でも仕事の生産性が高い人もいますし、逆の場合もあります。
> また同じ生産性の人でも、働き方や運によって賃金が違うこともあります。

 とも書いてあります。高卒時点で300万円分の成績の層がいて、働き方(その後の努力、
性格?)や運によって、200万円にも400万円にもバラけますが、平均するとその層は300
万円のパスをたどると単純化して良いというのが二次元の分布の話だと思います。

賃金格差の実証分析
http://keijisaito.info/econ/jp/gjk/j2_wage_data.htm
の3.1にある表でも、どの生年層(世代)でも大卒・高卒間の賃金格差は年齢層が高くな
ると開いています。高卒時点の潜在的な生産性が高い方が就職した後も努力して、実際
にもらえる賃金は上がる傾向にあると考えられます。
 高卒時300万円の層は平均すると400万円→500万円のパスをたどり、高卒時200万円の
層は平均すると250万円→300万円のパスをたどる。就職後の努力や伸びも高卒時の300万
円、200万円に平均的には反映されている。だから、どの生年層(世代)でも年齢が上が
ると大卒・高卒間格差は拡大していますが、生年層(世代)を同士を比べると表の中の
矢印に表れる縮小拡大を示すのだと思います。

 人を雇うか決める時も、その時点の能力だけじゃなく、今後の成長が期待できるかを
考えます。努力できるという忍耐力も大事な能力の一つです。だから学校の授業の中身
を仕事に使わなくても、学歴は受験勉強などへの忍耐力を表す信号になります。シグナ
リング理論というものでしょうかね。受験勉強は一般に面白くないからこそ、機能して
いるのですね。


>「潜在的な生産性と学校の成績に正の相関関係があるとすると」と、仮定で語られて
>いる部分の証明を求めているのです。

 物事を論じるとき、公理や仮定を用いずに、全てを証明することは不可能です。私自
身はこの仮定は、不自然ではないと思います。OZI~ さんは正の相関関係にない、つまり
は無相関や負の相関関係にあるとお考えでしょうか?
 相関関係ということもあって、数学を使うような理論的な証明はできないと思います。
この証明?があるとすれば、実際のデータを使って分析するのだと思います。仮に無相
関や負の相関関係を示すデータや論文があったとしても、データがおかしい、分析方法
がおかしいと水掛け論から抜け出せないように思います。

こちらこそ、長文失礼しました。


72 : kawa    2007/11/29(木) 08:42:48   ID:9cd47e0427 
学校は人的資本を形成するのか? (2)賃金格差の実証分析の
実証分析の要点まとめ
http://keijisaito.info/econ/jp/gjk/j2_wage_data.htm#s34suma_ea
に書いてある。
[2] 就職時点の景気の賃金に対する影響は、数十年経っても残ります。
[3] 高等教育が生産性(賃金)に与える効果は、職場訓練との差し引きでマイナスかゼロです。
というのは実感に合いますね。

4年間寝ていることに比べれば、大学の4年間は確実に有益だと思います。
でも、即戦力になる新卒なんていないし、同じ人間が4年前に入社していた
ことに比べて使えるかというと、そうでもないように思います。

内容についてOZI~さん 根岸さんのようにきちんと
読んでいません。後でじっくり読んでみます。


73 : 寒料理    2007/11/29(木) 09:19:49   ID:35ddb62549 
Don't know much about history,
don't know much biology.
Don't know much about a science book,
don't know much about the french I took.
But I do know that I love you,
and I know that if you love me, too,
what a wonderful world this would be.


74 : OZI~    2007/11/29(木) 12:44:48   ID:6ade2e11bd 
>71 根岸さんへ

丁寧なレスをありがとうございます。
自分の文章力の拙さのため、考えていた事が上手く伝わらず申し訳ありません。

まず自分の書いた 1)の前提の話ですが、これは元になった文の2.2の
「世の中には生産性の高い順にAさん、Bさん、Cさんの3人が生まれてくるとします。Cさんを1として、Bさんは2倍、Aさんは3倍の生産性があり(以下略)」
を言い換えたものです。
これを自明のこととした上でこれ以降の文章が書かれていますから、この前提を承認できる場合のみ展開される論が意味を持つということが言いたかったのです。

また生産性と進学率とが正の相関関係にあるとみなす件についてですが、
>物事を論じるとき、公理や仮定を用いずに、全てを証明することは不可能です。
との意見には同意します。「証明を求めているのです」と書いたのは誤りでした。
正しくは「(生産性と進学率の相関関係があることは)証明されていないことを踏まえた上で(元の論文を)読むべきである」と書くべきでした。

>OZI〜 さんは正の相関関係にない、つまり
>は無相関や負の相関関係にあるとお考えでしょうか?

自分の意見としては、どちらとも言い難い。その件に関しては判断する材料に乏しい。
ぶっちゃけ分からないというところです(笑)

先の文では、提示した1)や2)の前提に関して証明はされていないという点を指摘したかったのです。
つまりこの二つの前提条件をいわば公理として考えを進める人や、言及されていない他の資料からそれが適当であると判断した人にのみ意味を持つ論文で、
異った前提に立つ人には異った結論をもたらず論文だということです。

たとえば時々聞く主張に「大学に進む人間は高卒(中卒)で生きられるだけの能力が無いから」というものがあります。
俗な言い方をすれば「『勉強馬鹿』で役に立たないから大学に進む」と言うことでしょう。
この主要とる人にとっては「潜在的な生産力の高い人は高等教育(この場合は大学、大学院)には進まない」が自明の前提条件になっています。
これを前掲 2)の前提条件と置き換えてグラフを読み直してみると
「生産性の低い人間が高等教育に進むことで生産性が高まっている」ように見えます。
これも俗な言い方をすれば「(役にたたない人間が)大学に行って少しはましになった」ということになります。

以上、このような統計手法は、前提条件の違いで読み取り方が変わってくるので慎重に接した方が良いのではないかというのが自分の書きたかったことでした。

いろいろと不備な点を指摘していただきありがとうございました。
おかげでようやく自分で自分が何を書きたかったのか知ることができました。

多謝


75 : OZI~    2007/11/29(木) 12:48:48   ID:6ade2e11bd 
たびたびすみません。上の文章、下から八行目 主要 -----> 主張 です。
これで、このエントリからは消えます。失礼いたしました。


76 : 根岸    2007/11/29(木) 14:39:14   ID:e5bd55b70d 
OZI~さん

>たとえば時々聞く主張に
>「大学に進む人間は高卒(中卒)で生きられるだけの能力が無いから」
>というものがあります。

これは初めて聞きました。
大学院には当てはまっているかもしれませんが
大学には当てはまっていないように思います。

いずれにしても、楽しい議論ができました。
こちらこそ、ありがとうございました。


77 : たけくま ★    2007/11/29(木) 14:47:48   ID:??? 
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_a537.html

その2アップしました。この調子だと「その3」まで続きそうです。


78 : おっぱい    2007/11/29(木) 15:31:27   ID:cb3f93e771 
やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ

79 : 名無しさん    2007/11/29(木) 15:33:44   ID:054a2f1b3a 
既に中学程度の知識では大方の人間とコミュニケーション取るのが難しい世の中になっていると思います
今の最低ラインは高卒ですよ


80 : 忍天丼    2007/11/29(木) 15:37:36   ID:1c13683864 
>「高校以外の選択肢を社会制度として増やせ論」

高校以外の選択肢を増やしても一緒の様な気がしますがね
高校以外の選択肢がカルチャーセンター状態になる気がしますが。


81 : 名無しさん    2007/11/29(木) 15:50:54   ID:d7767c556f 
>>80
俺もそう思います。
選択肢が増えたところで、選ぶ能力なんてないよね。
興味薄いんだから。


82 : たけくま ★    2007/11/29(木) 16:08:51   ID:??? 
>>80 忍天丼さん

その問題については(3)に書きます。
一言だけ書いておくと、俺は今の学校で一番問題だと思うのは
知識や勉強ばかり教えていて、「知識獲得のしかた」「勉強の
やり方」をちゃんと教えてないところにあるんじゃないかと
思います。「図書館の使い方」や「知識の探し方」とかをですね。
「勉強のやり方」さえ覚えておけば、たいてのことは独学で
間に合いますし、どうしても独学困難な専門知識については、
そのときになってはじめて専門家の先生の出番が来るんだろうと
思うわけです。


83 : あ〜    2007/11/29(木) 16:11:02   ID:ba9ff6d15f 
私自身が高校ではあまり勉強には身を入れなかったひとりですが
じゃあ高校課程で学ぶ知識が役に立たないのかというと、少なくとも
私の場合はとても役に立っています。

先にも述べましたが、高校を卒業して結構経ってから自分で学びなおした
事柄がたくさんあります。

高校在籍中に身につけなかった/つかなかった/その気がなかったからといって
その後の人生にいっさい無用と断言してしまうのは
やはりおかしいと思います。


84 : たけくま ★    2007/11/29(木) 16:13:06   ID:??? 
そもそも専門が選べない、学校でなにやればいいのかわからない人は
学校なんか行かなければいいのに、そういう人にも学校以外の
選択肢が乏しいことが問題なんですよ。いきなり深夜の
コンビニ前でウンコ座りするドキュンになるしかないのが
本当の問題ではないかと。そこまで極端に触れなくとも、自分を
活かす道なんて、いくらもあると思うんですよ。


85 : あ〜    2007/11/29(木) 16:15:30   ID:ba9ff6d15f 
>知識や勉強ばかり教えていて、「知識獲得のしかた」「勉強の
>やり方」をちゃんと教えてないところにあるんじゃないかと

そういうのは既に人生テーマを自分で見つけている方には有効だけど
10代の人間にそこまで期待するのは理想論にすぎませんか。


86 : 名無しさん    2007/11/29(木) 16:16:48   ID:9709d762cd 
>>84
それと小学校レベルの教育しか必要ないと言い切ることとどういう関係が?
どうせ言い訳するのなら、「勉強が好きで好きで仕方がない」人がいるとか
わけのわからないことを書かずに、「しったかぶってすいませんでした」とか
「大風呂敷広げてすいませんでした」とか素直に書けばいいのに。


87 :    2007/11/29(木) 16:41:43   ID:5a78e45981 
「なんでも夢中になってやれ。それがいつしか自分の肉や骨になる」
ってことをたけくまさんは言いたかっただけなんじゃないの?
自分は若い頃に夢中になってやっていたことが今の仕事に活かされているよ。
それを「独学」とは言わないだろうけど。


88 : 名無しさん    2007/11/29(木) 16:51:09   ID:603b5d9eaf 
>>84
なんか批判のための批判で建設的な議論に思えないのですが。


89 : tattaka    2007/11/29(木) 16:53:28   ID:c9fc04ca5e 
2)を読んでやはり同意内容が間違ってなかったことにほっとしました。ここで一概に新教育課程からいわゆるゆとり教育の弊害に短絡するのは危険だとは思いつつも、学ぶことについてのモチベーションや、高等教育の意味が明らかに変わってきたことは専門学校の現場でかなり感じています。単純に言えばモチベーションがない学生の受け皿になる一方、だからといってそれを啓蒙するカリキュラムが組まれる様子もない。そのことからやる気のある学生からモチベーションを奪うことにもなり深刻な事態に思えます。
現行の専門学校、或いは大学の一部仕組みは人文知の後退に関して、危機的に思えますし、それに荷担すらしているかに見えます


90 : 88    2007/11/29(木) 16:54:31   ID:603b5d9eaf 
アンカーー間違い。>>84ではなく>>86です。

91 : 名無しさん    2007/11/29(木) 17:10:28   ID:9709d762cd 
>>88
そう?
意識しているのかしていないのかはさておき、
84では小学校レベルの教育だけでいいというトンデモなお話から
論点をずらしていることは確かでしょ。今までの批判を無視して。

まるで違う議論を始めたいのなら、きちんとそういうべき。


92 : 名無しさん    2007/11/29(木) 17:42:50   ID:158057e431 
>医者や弁護士、理系の研究者
そこまで大げさにいかなくても、たとえば工業高校電子科(電気科)
などでならった事が当時はまったく面白くなくても
就職してコピー機やプリンタの修理をするようになったら
必然的に何度も高校生時代に授業を受けていた事に感謝するように
なったとか、そんな経験もあります。

それに高校生ぐらいまでは
一般的には
何をやるのかを選択する猶予期間でも
あると思います。
たいたい、高校進学の段階で普通科、商業、工業と選択肢がすでに
一応は用意されているのだし、
何をしたいかを知るためのいろいろな側面の知識を得る場所でもあると
思います。
形骸化しているから見直そうという意見かもしれないので
そうであれば賛成です。


93 : 名無しさん    2007/11/29(木) 17:50:25   ID:309ab0d57b 
たけくま派の発想がまるで衆愚なんだよな

94 : メルヘンひじきごはん    2007/11/29(木) 17:51:02   ID:adca54803d 
ゲームに三角関数を使うことは滅多にない…

近頃はアクションゲームが下火だからそう思ったのでしょうか?

まあでも確かにMZ-80K2EのSP-5030ベーシックにはcos sin関数は未実装だった!ので三平方の定理を開いて
平方根を使って円を描いてみたりしました。

ヘンなのができました。あの頃、真っ正直に関数を信頼すると x軸y軸の膨らんだ極大極小でピンッ とドットが飛び出る
のですよ。これがみんな無性に癪に障るので、そこだけ関数を差し替えたりするのです。これがあったので、
後々東京タワーを建てる折現場が設計を元に試行錯誤した逸話がわかりやすかった。

良い思い出なのであるまる。


95 : メルヘンひじきごはん    2007/11/29(木) 17:57:11   ID:adca54803d 
あと、前に書いたかもですが、終戦後初めての?東大総長南原繁先生は「さきの戦争は学生に教養が無かったからだ」
という反省から設立されたのが教養学部です。日本全国の教養学部はみなこの思索に拠っている筈。

ウッチャンナンチャンの話はしましたっけ?

南原繁・内村鑑三。俺、これ偶々だとは。教養ある者、すなわちジェネラリストです。general (形)一般の;(名)将軍

教養学部廃止論も、俺が居た頃あったと覚えてます。まー
好き勝手やってくれちゃってましたなあ。そろそろ幕引きである。


96 : 名無しさん    2007/11/29(木) 17:57:13   ID:afe3bb1a87 
>>84
> そもそも専門が選べない、学校でなにやればいいのかわからない人は
> 学校なんか行かなければいいのに、そういう人にも学校以外の
> 選択肢が乏しいことが問題なんですよ。

そういう事態がイギリスでも問題視され、
かかる人々にNEETという名前が与えられたわけですが。


97 : 大王    2007/11/29(木) 17:57:14   ID:58cdf72b68 
お久しぶりです。エントリ拝見いたしました。
私は株をやるんですけど、本を2、3冊読んだら、あとは独学で自分に合った
方法を見つけました。確かに自分がそれを好きだと認識して没頭してたら、
努力をしているという感覚はあまりなくなりますね。

ところがネット界隈を見回してみると、個人投資家の多くは、
「儲けるための技術を学ぶ」ことを欲していて、高額のDVDやセミナーなどに
ホイホイと引っ掛かってるんですよ。そのことを思い出しましたです。

やはり何者かになる人は、「気付いたらなっていた」という形に収まる
のではないでしょうか。クリエイティブな職業、あるいは他人との競争に
勝たなきゃならない才覚を、車の教習所に通う感覚で身に付けようと
いうのはやはり違和感があります。

ところが前述した高額セミナーのように、そういう甘さに付け込んだ
商売がビジネスモデルとして確立されてるんですよね。変な通信教育も
いろいろありますし…。自己実現に躍起になるより、まず表現衝動が
先に立っていること、それが最低限必要な才能なのかもしれませんね。


98 : メルヘンひじきごはん    2007/11/29(木) 18:03:48   ID:adca54803d 
あと、

真っ正直に関数で円を組むと、縦長の楕円になったりするのです。

「アーコレハどっと自体が縦長なのだからか!」ということを知っていったりすることが、解析の萌芽だったと
自己認識しております。その場合、横方向にちょっと1.1倍だの1.2倍だのに値をひきのばしてやれば
眞円が得られる。

プログラムのソースを報せない潮流が永かったことは負に働いてますね…。ゴリゴリ亡者どもはウハウハ。

いきなりUNIXのオープンソースコードを教えてもらったって、そりゃいきなし小学生にチョムスキー読めと
言ってるのとそう変わらない。

今日チョムスキーの新書本チラ読みしたんすが…あんたは人工知能の研究でもするべきではないのか、
というのは…酷なのかなあ と。MITのなだたる大家さんでふ。


99 : LIC    2007/11/29(木) 18:04:00   ID:d12a0477e8 
「自分のやりたいこと」を見つけるにはある程度の知識が必要であり、その基礎となる知識を身につけるには、高校までの教育を、とりあえずでも受けるのは有効だと思いますが。
知識の見つけ方を教えるべきってのは賛成だけど、それはそれとして、そもそも「そんな方面の知識があることすら想像がつかない」状態では「知識を探す」第一歩が踏み出せないわけで。


100 :    2007/11/29(木) 18:11:19   ID:79c65a93f9 
今回の記事に共感しました。
いまの中学〜高校生っていうのは基本的にカラオケの文化?があると思います
とにかくみんなが同じ曲を知っていなきゃ空気読めって言われちゃうし、っていう
聴く音楽も選べない人達、世界にとって大きい数字の中の「1」に過ぎない人達というのは、
それはどうしても疑問として投げかけたくなります。
ただ日本人てもともとそういう性格なんだろうなとも思います。






新着レス表示

名前: メール(省略化) cookie
本文